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『世界は千里でひとつになる The World Comes Together in Senri』

海外子女教育情報センター(INFOE)発行 『月刊 INFOE』連載記事より


第10回 新たな教育の可能性を求めて 無人島キャンプと授業の融合 『現代文明を見つめなおす』

田中 守
理科

千里国際学園では高等部1年生を対象に『現代文明を見つめなおす』というタイトルの授業を開講しています。教室での授業とキャンプを組み合わせた授業で、初めての試みとして4年前にスタートしました。キャンプは黒潮に洗われる徳島県の無人島を舞台に、3月末の春休み中に実施しています。今回は、この授業の趣旨と生徒たちの様子をご紹介したいと思います。

無人島の生活
ボートに乗り込み、無人島に向かう15人の生徒たち。明るい笑い声の裏に不安と期待が入り混じった複雑な気持ちが見え隠れする。島の生活での唯一のルールは『協力していけない』ということだけ。これから4日間誰の力も借りずに、自分の力だけで生活しなければならないプレッシャーは、私たちが想像する以上に大きいようだ。最初の作業は今晩の寝床を確保すること。学校からは簡単なつくりの一人用テントを貸し出している。夕刻が迫り、夕食の支度を始めるが、そう簡単には火がつかない。あきらめて非常食として配ってあった1本のバナナをほおばり、悔しい想いを胸にテントに戻る者も少なくない。

早朝、明るくなり始めると、待ちわびたかのように生徒がひとり、ふたりと浜辺の林の中から波打ち際に出てくる。昨日作った「我が家」の居心地はあまりよくなかったのだろう。ほとんど眠れなかった者もいる。しばらく海を眺めてぼーっとしている者、流木を集める者。やがて煙の臭いに混じっておいしそうな匂いがただよう。早々に朝食を済ませくつろぐ生徒の横で、未だに火がおこせずに悪戦苦闘する生徒もいる。あきらめて寝転んでも3月の海は寒く北風も厳しい。待っていても何も食べ物が出てこない現実にようやく納得し、やがて我慢しきれず再び火をおこし始める。島に持ち込んだ食べ物は、わずかな非常食を除くと米などの基本食材のみ。潮が引く時間になると、ライフジャケットをはおり、それぞれ磯にでかけていく。獲物は貝やカニや海草が主だ。時には岩ガキやウニを見つけて歓声が上がる。浜大根は人気が高い。しかし生徒たちの採りすぎがたたり近年では絶滅の危機に瀕している。島での生活に慣れてくると、海水を煮詰めて塩を作る者、「我が家」の改修工事に燃える者、かまどに手を加えシステムキッチンのように作り上げる生徒もいた。浜辺に流れ着いた大量のごみは、ここでは宝の山だ。一番人気はイス。もし流れ着いたお風呂の腰掛を拾うことができたなら羨望の的になる。島には古井戸がひとつ、ちょうど裏山を越えた反対側の浜辺にある。片道30分の道のりだ。いくらでも使っていいが、自分で運ばなくてはならない。自然と彼らは節水し、中には雨水を貯めようとする者まで現れてくる。決められたプログラムはなく、何時に起きて何をすると言った決まり事はいっさいない。時計は持ち込み禁止リストの一番目に載っている物だ。時間を考える必要はないはずだが、とても気になるようだ。太陽と月の位置で時刻を考え始める。時間には縛られない無人島生活も自然のリズムには縛られる。よく考えて夕食の準備を始めないと、暗闇のなか手探りで調理をする破目になる。懐中電灯も持ち込み禁止リストに載せている。調理に使う薪として流木や林の枯れ木を拾い集めなければならないが、雨があたって濡らしてしまったら火がつかない。テントの屋根も心配だ。天気の変化が自然と気になってくる。おなかがいっぱいになり、余裕ができてくると、消し炭で石に絵を描く者も現れてくる。それを見ていたある生徒の一言。「文化の誕生だ!」

最後の夜
3泊4日の無人島生活を終えても、あえて帰宅せず、対岸にある海洋センターで宿泊している。同じ経験をしてきた仲間たちと一晩を過ごすことが大切であると考えているからだ。お風呂に入り、暖房の効いた部屋でボリュームたっぷりの夕食を食べる。デザートのプリンに感動している生徒もいる。久しぶりで味わう便利で快適な文明だ。返却された携帯のメールチェックに没頭する者も少なくない。夕食後は4日間を振り返るディスカッションと最終レポートの作成が待っている。このディスカッションの中でそれぞれがどんな気持ちで4日間を過ごしていたのかを確認しあい、深めていく。1日は食べることに始まり食べることに終わる。「生きるとは食べること」そんな感想が自然と出てくるのはこのときだ。彼らは現代の文明社会と自分との距離感を実感し、どのように接していくべきなのかを悟り文明の本質を理解していく。

講義の持つ意義
4年前に新設したこの授業は、本校で冬学期と呼ぶ12月から3月までの3ヶ月間に週2時間の講義を行った後、春休みを利用した5日間のフィールドワークを実施する、2単位の総合科目で、国語科、体育科、理科の教員が担当している。
国語の授業は『孤島の冒険』(N・ヴヌーコフ著、童心社)を題材に進められる。ロシアで実際に無人島に流された14歳の少年が、救出されるまでを描いた小説だ。この中で少年は浜にうち寄せられたゴミを拾い様々な生活用具を確保し、たくましく生きていく。この授業で利用している無人島にも大量のゴミがうち寄せられる。普通に見れば汚らしく気が滅入る光景だが、この本を読むと、ゴミの山が宝の山に見えてくる。
体育科の教員が担当する授業は、健康の維持に関することを取り上げる。水分や栄養、体温の保持など学ぶことは多い。
そして私は理科を担当しているが、その内容は気象学(風の変化と天気)、海洋学(海流、干満、波)、化学(燃焼)、天文学(天体の運動、月と太陽)などである。どれもフィールドワークでの生活につながりそうではあるが、そのまま使える知識とはならないものを極力選んでいる。たとえば化学では、燃焼を取り上げ、物が燃えるとはどういうことなのかを考えさせる。決して実際的な薪のくべ方は教えない。授業で示すのは木材の燃焼が続くための条件は、燃える物と酸素と木材の着火点である260℃以上の温度であること。いかに熱を逃さず十分な空気を供給できるようにかまどを作り、木を置いていくか。失敗を繰り返しながら生徒たちは科学的知識と実際とを結びつけていく体験をする。どのように物は燃え、天気は変化していくのか。無人島の生活のなかで困りはて、何とかしなければならない状況に追い込まれたとき、生徒たちはごく自然に、これらの知識や過去に学んだことを手がかりに、考え行動を始める。それは教室で習ってきた知識が、初めて知恵となる瞬間である。成績のために勉強するのでなく、学ぶことそのものが目的となることを理解し、やがて文明が知恵の集積であることを実感していくことになる。

【資料1】生徒の最終レポートより
■「月がー出た出たー、月が出た、あ、よいよい」こんな簡単な歌、前なら「それがどうした」ってツッコミを入れるぐらいの歌だったけど、月が出てきたことをすごく感謝した歌だった(ことに気がついた)。・・・自然から離れていくにしたがって、自然を敬う気持ちが薄れ、同時に人々の苦労によって作り上げられてきた文化も薄れてきた。
■無人島の生活では寝坊しようが黒いごはんが炊けようが、それはすべて自分の責任でした。「現代文明」は私たちに責任をとらせず甘やかしているように感じました。
■文明から離れていると感じたのは、@太陽の動きと潮の満ち干きから時間を知ったとき。A海辺で生きたカニと貝をわしづかみして、そのままの姿のカニに喰らいついたとき。

【資料2】保護者への配布資料
 お子様が「無人島でキャンプすんねん」と言い出したときから、幾ばくかご心配頂いているかと思います。
 この授業は、松島、田中(守)、平井が担当している「総合的な学習」の授業です。最近ニュースなどにも度々登場し、耳にする機会も多いかと思います。色々な科目にまたがり、知識の獲得だけではなく実践を伴い、生きる力を育む…云々、というあの「総合」です。
 そしてこの授業は、便利な現代の生活をちょっと立ち止まって振り返ってみよう、というものです。
 普段の生活の中で、道具や機械を便利に使いこなしているつもりが、実は道具や機械に振りまわされているのではないだろうか?本当に必要なものなのだろうか、そんな道具や機械がなかったらどんな生活になるのだろうか?そんな問いかけから始まった授業です。
 では、それを実際に考えたり、感じたりできるのはどんな時か、どんな所でか、と考えた結果「無人島」で暮らしてみよう、というアイデアに結びつきました。
 場所は、SISの夏のキャンプでもお世話になっている阿南海洋センターが持っている野々島です。瀬戸内海には多数の無人島が点在しています。中には地元自治体が管理して、渡船をチャーターして島に渡り、キャンプができるようになっている島もいくつかあります。そのなかから野々島を選んだのは、YMCAという青少年活動のプロのサポートとアドバイスが受けられるからです。
 現代文明からできるだけ離れてみようと思っても、私達には原始人のように靴も服も捨ててはだしで貝や木の実を拾う生活ができるわけではありません。相応の「モノ」も天候の悪化や急病、けがなどの緊急時のサポートも学校行事である以上必要です。YMCAの施設だからこそ思いきったチャレンジができるのです。
 冬学期の間、週2回の授業を行ってきました。「生きていくこととは」という具体的な健康の維持管理、衛生管理の講義から始まり、ご飯を炊くという実習を挟みながら、文学をひもとき漂流や遭難を生き延びた人々の手記に学び、孔子の時代にすでに「機械に使われるとは困ったものよ」と文明を嘆いていることを知り、気象、天文、海洋、燃焼など科学的知識を得、そして自らがどのくらい文明の利器に頼らずに暮らすことができるか、ということを考えてきました。
 この実習はひとりひとりのチャレンジです。「みんな」で協力してどうにかする、というものではありません。自分の頭で考え、自分で工夫し、やってみて失敗したら自分が我慢する、というのがルールです。
 生徒達はそれぞれにとっての限界に挑戦しています。ある生徒にとっては地面の上に寝るだけでも大きなストレスかもしれません。一方で、ある生徒には地面の上で寝ることは、毎年家族で行っているキャンプと何ら変わりないかもしれません。簡易テント、ブルーシート大小、鍋、飯盒、などいくつかの備品は支給されますが、欲しい食材、持って行きたい装備などは各自が考え抜き選んだものです。たくさん持っていく人も少ししか持っていかない人もいるでしょう。客観的に見れば随分と違う食材や装備でも、それぞれの生徒にとっては同じ位たいへんな挑戦となっているはずです。
往復にスクールバスを使うなど、費用はできるだけ押さえるようにしました。ご心配は尽きないかと思いますが、私達教員も彼らのチャレンジを精一杯サポートします。ご理解頂ければと思います。
それぞれがどんな経験をし、何を考え、何を得るのか私達にも想像できません。帰ってきた彼らの土産話を楽しみにお待ち下さい。帰宅後に彼らの「文明論」を聞いていただければ幸いです。

【資料3】授業のスケジュール(2004)
@オリエンテーション(1時間)
A生物としての「ヒト」が生きていくために:食料、体温、休息、安全(4時間)保健
B書物からひもとく「生きる」(2時間)国語
C「文明論」(2時間)国語
D科学から学ぶ「海」「天気」「燃焼」「天文」(6時間)理科
E実験「ご飯が炊ける様子の観察」(1時間)理科
F具体的準備「持ち物を考える、自分の行動を考える、その他」(7時間)
【資料4】フィールドワークのスケジュール
1日目 7:30 学校集合、出発
12:30 海洋センター着、準備
14:00 無人島へ移動、
設営、各自の活動
2日目 終日 各自の活動
3日目 終日 各自の活動
4日目 各自の活動
-15:30 海洋センターへ移動
16:30 入浴
18:00 夕食
19:00 ミーティング/レポート作成
22:00 消灯
5日目 7:30 朝食
8:30 備品返却、後片付け
10:30 海洋センター出発
15:30 大阪着


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Senri International School Foundation, All Rights Reserved. Modified 2007/05/12