[SIS][OIS]

『世界は千里でひとつになる The World Comes Together in Senri』

海外子女教育情報センター(INFOE)発行 『月刊 INFOE』連載記事より


第4回 千里国際学園の5Respects

教頭 平尾公美洋

 「生徒さんが生き生きしていますね」とは学校を訪れる方々がよく口にされる言葉です。「校舎が明るく自由な雰囲気ですね」とも言われます。形としては捉えにくくても、各学校はそれぞれ特有の雰囲気を持っています。それを言葉で伝えることは難しいことですが、今回はあえて「校則」関連の話題に触れることで、千里国際学園の雰囲気の一端を紹介します。

 多くの学校は、「生徒たちの自由」を恐れます。自由を与えられた子供たちは羽目をはずして暴走するという危惧からです。それに対処するため多くの学校は細かい規則で生徒たちの行動を縛り、その暴走を食い止めようとします。日々の現実に対処するにはしかたがない事かもしれません。しかし、いかに細かく規制してもうまく行かないのも現実です。千里国際学園には、細かな規則はありません。どの学校にもある生徒指導部と呼ばれる部署もありません。

 そんな事でやっていけるのか。生徒たちが好き勝手なことをして学校は荒れてしまうのではないかと心配されるかもしれません。しかし、学校を訪れる人たちからは、「校内で迷っていたら生徒さんが親切に案内してくれました」とか「明るく笑顔で挨拶をしてくれました」ということを言われます。質の高い生徒たちが大半を占める上に少人数で目が届くとは言え、本校は理想郷ではありません。多感な子供たちは問題を抱え、何がしかの問題は起こりますし、その対応も迫られます。ただ、対応方法が多くの日本の学校とは違います。その核をなすのが「5Respects」と「カウンセリング」です。

 千里国際学園は、1991年に帰国生徒受け入れ専門校として設立され、同じキャンパスに大阪インターナショナル(以下OIS)も併設されました。設立準備段階で文字通り世界各国から集まった教師集団がこの二つの学校の将来設計を話し合いました。現在もそうですが、英語を共通言語とし、必要に応じて日本語の通訳が入る会議やワークショップが活発に行われたのです。

 多岐にわたる議題のひとつが「校則」でした。本校だけでもアメリカをはじめ多くの国々から帰国生を迎え入れます。生徒によっては帰国ではなく、日本という外国に 「行く」という感覚の生徒もいます。一方で、共に活動するOISは外国人の子弟をあずかり英語で教育を行うIB(International Baccalaureate)校です。ふたつの学校の生徒たちは日常的に交じり合うため、その行動への指針も同じものが求められました。このような環境では、「スカートの長さや髪の色」といったレベルの話は通用しません。世界各国から集まる子供たち、その国の文化や習慣を身につけ、帰国してもそれらをアイデンティティの一部として持つ生徒たちとどう向き合うか。そのためのガイドラインが必要でした。

 話し合いが進む中で、枝葉末節が削ぎ落とされ、日本はもちろん、どの国の文化習慣にも通用する生徒のための行動規範のエッセンスがあぶりだされました。それが「5Respects」です。「自分を大切に」「他の人を大切に」「学習を大切に」「環境を大切に」「リーダーシップを大切に」という5つの大切です。もっとも、初めてこれらを聞いても感心する人は稀でしょう。飾っておくにはあまりにも平凡な言葉だからです。しかし、額から取り出して、さまざまな状況の中で生徒に浸透させていくうちに、その奥の深さに驚かされます。

 校長が「5Respects」という名前の授業を受け持っています。生徒たちは折に触れて自分の行動が「5Respects」に照らして正しいかどうかを問われます。例として適切かどうかわかりませんが、携帯電話は学校に持ってきてよいかどうか。本校では、「学校では必要ない」という意見から、「テクノロジーの適切な使い方を指導している学校で携帯だけ別はおかしいのではないか」など、両校の教員たちからさまざまな意見が出ます。結局、学校内では「適切」な使い方をする限り許されています。しかし、一般には何を持って「適切」とするかが難しい。本校ではそのよりどころが「5Respects」なのです。

 授業中に携帯でメールをしている生徒がいたら当然注意されます。まず、「学習を大切に」していないし、ひいては「自分を大切に」していない。先生の説明や友達の発言に耳を傾けていないので、「リーダーシップを大切に」していないし、「他の人を大切に」していないわけです。これは瑣末な例ですが、さまざまな場面で生徒たちは自分で考え行動する必要があり、「5Respects」がその指針となります。ある生徒が、千里国際学園の中の自由について「もっとも厳しい自由」という表現をしていましたが、確かに外から規制されるより大変かもしれません。一般の細かい校則が外からのコントロールとすれば「5Respects」は内からのコントロールと言えるでしょう。外からのコントロールはそれが外れると無軌道になりがちですが、内からのコントロールは学校を離れてもその人の行動の原型として生き続ける可能性があります。

 「5Respects」を逸脱して問題が起きた場合は、校長・カウンセラー・教頭と関係教員で話し合います。その際も単に罰を与えるのではなく、原因を分析してその大本を絶つ努力をします。カウンセリングの専門家が常駐する学校のすぐれた点です。分析の結果次第では、学校の環境やご家庭の環境を見直す必要があります。友達関係の改善や家族カウンセリングが必要に応じて行われます。校長が時々保護者の方々に「家庭の責任か学校の責任か、といった押しつけあいではなく、お互いが協力して大切なお子さまを育てましょう」と話しますが、その通りです。片方だけでは解決しないことが実にたくさんあるものです。

 最近、親の役割として“柔らかい壁”ということが言われます。思春期の子どものエネルギーの向かう先はまず親ですが、物分りが良すぎると却って不安をかきたて、鉄のような固さだとはね返されてあらぬ方向に向かいます。毅然とした態度の中にも温かみのある親をイメージした表現だと思います。千里国際学園は、学園全体が無意識のうちに、この“柔らかい壁”を目指しているのかもしれません。


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Senri International School Foundation, All Rights Reserved. Modified 2006/04/10