Senri International School (SIS)

研究紀要

第6号(2001)


グラフ電卓を最大限に利用する授業

馬場博史
数学科

はじめに

 本学園は1998年度より各学期同授業日数の3学期制(60日×3)へ移行し、1999年度からは、中等部3年生以上の授業を一部を除いて学期完結制としたうえ、定期考査期間を廃止した。さらに高等部では、各学期ごとに単位を認定するという制度を導入した。これにともない、学園基本方針として「日常の学習活動を評価の対象としてさらに重視する」方向で授業が行われてる。

 数学科ではこれを受けて、単元別試験の成績を基本としながらも、日頃の授業への参加姿勢や課題・ノートの提出状況、小テストの成績等を総合した平常点を、大きな割合で評価に加味している。また、1999年度から、生徒全員にグラフ電卓を持たせ、それを最大限に利用するユニークな授業を追求している。数学科がグラフ電卓を授業の中心に据えているのは、主に次の理由による。

 現在世界中で、グラフ電卓の活用が急速に進んでおり、生徒が主体的に学習する数学が広がりつつある。実際1998年には、米国の2つの州ですべての小・中・高生徒に無償でグラフ電卓を持たせるところまで来ており、さらに、米国全体及びカナダ、ヨーロッパを含め、多くの学校が積極的に参加してきている。この現象はさらに多くの国へと広がりつつあり、今後、日本においてもグラフ電卓が教室で大活躍する時代が来ると確信できる。さらには、IB(インターナショナル・バカロレア=世界共通の大学入学資格試験)の科目(IB Math.S、IB Math.H)や、米国の大学で教養課程の単位として認められる APテスト(Advanced Placement Test)の科目(Calculus、Statistics)においても、グラフ電卓を利用しなければ受験できないものがある。一部に、このようなテクノロジーの使用は計算力の低下を招くとの懸念もあるが、利用の仕方によっては充分回避できるものであり、必要以上に計算にかけていた時間を論理的思考にあてることの効果の方が大きいと考える。

 以上のことをご理解いただいた上で、数学科で実践している授業の一部を紹介したい。

数学開講科目

(必修)
中学数学1(週3回)
中学数学2(週3回)----(以上通年)
中学数学3(週5回)----(以下すべて学期完結)
数学Tα=二次方程式、二次関数、二次不等式(2単位)
数学Tβ=三角比、個数の処理、確率(2単位)----(Tα、Tβは履修順自由)

(選択)
プログラミング演習=グラフ電卓・パソコン利用プログラミング(1単位)
数学A=式と証明、数列("数と式"は「中学数学3」で学習)(2単位)
数学Uα=三角関数、指数・対数関数(2単位)
数学Uβ=図形と方程式、整関数の微分積分(2単位)
数学B=複素数・複素平面、ベクトル(2単位)----(A、Uα、Uβ、Bは履修順自由)
数学Vα=極限、微分法(2単位)
数学Vβ=積分法(2単位)
数学C=行列、いろいろな曲線(2単位)
数学TA演習S=TAの標準レベル問題演習(1単位)
数学TA演習H=TAの高いレベル問題演習(1単位)
数学UB演習S=UBの標準レベル問題演習(1単位)
数学UB演習H=UBの高いレベル問題演習(1単位)
数学VC演習=VCの高いレベル問題演習(1単位)

(注1)高等部の単位数は1学期(60日)完結、週2〜3回=1単位、週4〜5回=2単位。
(注2)「中学数学3」では、”数と式”を高校「数学A」の内容まで終えますが、”二次方程式、二次関数、確率”は除きます。除いた分は「数学Tα」「数学Tβ」で、高校の内容とともに学びます。

●中学数学1
 「正の数・負の数」から、グラフ電卓を使用。従来の授業に加えて、「正の数・負の数」では四則演算の基本的な操作を身につけ、グラフ電卓に慣れ親しんだ。「文字式」では数値の代入方法を、「方程式」では、方程式の解が2直線の交点のx座標となっていることを、グラフ電卓を用いて考察した。
 「比例・反比例」では、グラフ電卓を利用していろいろな比例・反比例のグラフを描き、その後、数本のグラフで模様を描いた。
 「平面図形」では、グループで『多面体による平面のしきつめ』に挑戦し、各教室に展示した。また、個人では、コンパスと定規を用いて『幾何学模様』を描き、教室や玄関に展示した。
 「立体図形」では、様々な立体を作成し、オイラーの多面体定理も学習した。(石田)

●中学数学2
 「一次関数」からグラフ電卓利用開始。1999年度から全員が初めてグラフ電卓を扱う。従来の「一次関数」の授業に加えて、グラフ電卓の基本的な操作方法を身につけることがまず最初の目標となったが、多くの生徒がすぐに慣れ親しんできた。グラフ電卓でいろいろなグラフを描いた後、教科書にはない回帰直線を求めることにも挑戦した。また、身近な水道・ガス・電気料金を表とグラフでレポートする試みをしたクラスもある。
 「相似」では、拡大縮小の基本的な考えを利用して、2m四方もあろうかという巨大似顔絵を全員で手分けして完成させ、3クラスの3作品を廊下に展示し、話題を集めた。
 「統計」では、教科書にある平均・メジアンを計算したり、ヒストグラム・折れ線グラフ・相関図を描くだけにとどまらず、グラフ電卓で相関係数や標準偏差・偏差値を求めるところまで進んだ。また、身近な話題を各自で選んで表やグラフを利用し、それぞれがユニークなレポートを作成した。(馬場)

●中学数学3
 「図形の計量」では、実際に売られているピザのL・M・Sサイズの違い、それらの1切れの大きさの違いなど、身近な題材を中心にいろいろなものの長さ、面積、体積などを計算したクラスがあった。一方、他のクラスでは、エジプト時代、江戸時代の数学について、興味のある事柄を調べた。古代の数学として、アルキメデス、相似比を用いてピラミッドの高さを測量したタレスなどの数学者や、ピラミッド、数の表示の仕方などを調べた。江戸時代の数学者としては、和算で有名な関孝和、日本地図を作った伊能忠敬、また、その当時の測量方法なども調べた。(馬場、石田)

●数学Tα
 「2次関数のグラフ(放物線)」の基本を学んだ後、グラフ電卓、距離センサー(距離を測る事のできる装置)、データ収集器(CBL)を用意し、バスケットボールを自由落下させた時や投げ上げた時の運動のようすを自分達で調べる実験をした。ここで、ボールを自由落下させた時のデータをグラフ電卓に取り込んで、放物線を描く様子を目の当たりにすることができた。そこから新たな発見や疑問が生まれ、次の実験や考察を促した。自分達で取ったデータを基にしての学習は、さわやかで、数学をすこしだけ身近なものにしてくれたようである。(田中)

●数学Tβ
 「三角比」では、sine、cosine、tangent はもちろん、教科書にはない arcsine、arccosine、arctangent の値を求めることや、角度を10進記法と60分法を簡単に書き換えることがグラフ電卓でできた。また、三角比を利用して、計測が難しい身近なものの高さや長さを計算するレポートに取り組んだ。
 「確率」では、PやCおよび階乗の計算をグラフ電卓で計算し、無駄な手計算の時間を省いて、解法の考察に時間をかけた。最後に確率をテーマに自由な研究をし、レポートにまとめた。少し余った時間を利用して、確率を考えながらトランプの大会を行ったクラスもある。(馬場)

●プログラミング演習
 グラフ電卓TI-83のプログラミング機能を使って、プログラミングの初歩を学習した。例題および演習問題で扱った題材は主に数学Tα、数学Tβで学習した内容であったので、既習事項を確認する機会にもなった。以下に演習問題の例を示す。
・自然数Nを入力して、その数の約数をすべて出力するプログラム。
・三角形の3辺の長さを入力して、その三角形の種類(直角、鋭角、鈍角三角形)を判定し、その面積を出力するプログラム。
・三元一次方程式を解くプログラム。
・地球上の2地点の経度と緯度を入力して、その最短距離を求めるプログラム。
・曲線で囲まれた部分の面積を求めるプログラム(数値積分)。
・数当てゲーム(HitAndBlow、百五減算)。
 なお、本コースの後半には、ラップトップパソコンでUBASICを用いてプログラミングの実習を行った。グラフ電卓のプログラミング言語とUBASICとでは文法が異なるが、生徒はすぐに新しい言語に慣れ、特に動きのあるグラフィックスを中心としたプログラミングを楽しんでいたようだ。今後はQBASICやJAVAを使ってプログラミングの基礎を学習させたい。そしてその成果もWeb上で公開していくつもりだ。(田中)

●数学A
 この科目では、「自分の好きな数列を作る」ということをグラフ電卓の「seq(sequenceで数列という意味)」機能を用いて行い、その作った数列の第何項までかを出したり、初項から第n項までの和や平均を即座に求める方法を学んだ。また、等比数列の一般項や、初項から第n項までの和の公式を利用する応用例として、貯金の複利計算の仕組みや、積立て貯金のn年後の元利合計の計算も、グラフ電卓を用いて学んだ。(高橋)

●数学Uα
 三角関数、指数・対数関数のグラフを学習する際に、グラフ電卓やコンピューター(使用ソフトは、大阪教育大学附属高等学校池田校舎の友田勝久氏作のグラフ描画ソフトGrapes)を用いた。グラフの式をこれらの機器に何度も打ち込んで、グラフの特徴を視覚的にとらえていった。さらに、オシロスコープを教室に持ち込みいろいろな音の波形を観察した。複雑に見える私たちの声の波形も、いくつかのサインカーブの重ね合わせで表せることに驚いた。(田中)

●数学Uβ
 「整関数の微分・積分」では、グラフ電卓を用いて3次関数のグラフを確認したり、平均変化率、微分係数、定積分の値などを求めたりして理解をさらに深めた。(馬場)

●数学B
 「ベクトル」では、向きと、大きさをもつ特性を利用し、変位ベクトルと加速ベクトルをつくって、自動車レースに見たてたものを行った。コースは、実際の鈴鹿サーキットをデフォルメしたもので、カーブの曲がり方など工夫が必要で、生徒は色々な案を考え出していた。
 「複素数平面」では、基本の計算を学んだ後、座標上の猫の絵を、複素数の掛け算にによって移動させた。猫が、回って膨らむというイメージをつかむことで、拡大・回転移動を学習した。(北野)

●数学Vα
 数学Vでは、「無限等比級数」など、「無限」という言葉がよく出てくる。その「無限」について易しく書かれた本を読んで簡単なレポートをするという課題をしてもらい、そのレポートをお互い読み合って、それぞれが感じた「無限」について考察した。
 「無限に増えていくのにある値を越えない例」「自然数と奇数の個数は同じ」「無限にも大きいものと小さいものがある」「カントールの対角線論法」「素数は無限に存在する」「王様が命じた"永久に続く話"」「無限の概念が数学と哲学をつないでいる」「二つの無限の存在」などなど…、おもしろい話題が続々と出てきた。(馬場)

●数学Vβ
 現行の数学Vでは、種々の関数の整関数への近似は一次式しか扱わないが、そこから一歩先に進んで、やさしい方法でマクローリン展開による整関数近似式を求め、グラフ電卓を用いて実際に比較した後、例としてsin1°や e の値を計算して近似精度を確認し、さらにオイラーの公式 e^ix=cosx+isinx を導き、最後に e^iπ=-1 が成り立つところまでの感動を味わった。(馬場)

●数学C
 グラフ電卓を用いて、種々の行列の加減乗法の計算や、n次の正方行列のm乗・逆行列を求めたりした。また、いろいろな二次曲線や媒介変数で表された曲線を、グラフ描画ソフト「Grapes」を用いて観察し、曲線に対する理解を深めた。(田中)

学期完結制について

 帰国生の多い本校にとって、学期完結制となったことによる最も大きな利点は、編入生がどの学期に入ってきても、その時点で未修の科目を始めから学習できるということである。このおかげで以前は編入生に対して行っていた授業以外の補習を大幅に減らすことができた。また数学の場合、「中学数学3」を修了したあとは履修順自由の科目が多くあるので、学習しやすい科目や他教科との関係で選択しやすい科目から学習することができる。履修順自由の科目を多くしたことにより、一部に未修の知識を必要とする部分もあるが、授業の中で臨機応変に対処している。数学科では、どのように選択すれば個々に必要な数学の単位が取れるかを分かりやすく示した「数学選択モデル」を用意している。

 全教科で必修科目が減り、選択の幅が広くなったことも、生徒の個性を伸ばすという点で大きな利点といえる。以前は高3でも他教科の必修科目が多くあったため、進路によってはこれらが負担になる生徒もいたが、学期完結制となってこの問題は自然に解消した。また、同学期に複数の数学の科目を選択することもできるので、数学の好きな生徒は短期間にどんどん先へ進むことができる。逆に数学の苦手な生徒にとっては、一度履修して成績が出ても再度履修し直すことができる(単位数は増えないが成績は良い方が残る)ので、弱い単元を一からやり直し、努力すれば1回目より良い成績を残すことも可能になった。さらに、もし不本意な選択をしてしまった場合、以前は1年間我慢しなければならなかったのが、ひと学期で済むようになった。

 以上のように、編入生にとっても、数学の好きな生徒にとっても、数学の苦手な生徒にとっても、それぞれに合った選択の仕方ができる都合の良いシステムになったと言える。


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