Interculture 95号 (2004年10月号) 抜粋
オーストラリアホームステイ/サマーキャンプ報告/特集「私の夏」/留学報告/英検1級に3名合格
★国際的であるということ
大迫弘和
SIS校長
2004年の夏はたくさんの人たちがアテネでのオリンピックを楽しんでいました。日本選手の活躍が印象的でした。
オリンピックといえばソウル大会のあった1988年、私たち家族は英国生活の2年目で、どこの国でもそうでしょうが、英国のテレビでは自国の選手の活躍が期待される種目ばかりが放送されていて(英国の選手が活躍しそうな例えばホッケー)、日本の選手の様子はほとんどわからなかったのを覚えています。そのように日本の選手の姿がなかなか見えない時、お隣の国の、韓国の、中国の選手が画面に映ると、頑張れ、と応援している自分に気づいたりしました。
◇
自分の国のことを愛するということを少し考えてみたいと思います。
自分の国を愛することは、おそらく多くの人々にとって、家族を愛するのと同じような、とても自然な気持ちでしょう。
日本は20世紀の軍国主義の反省に基づき、国を愛する、ということに非常に慎重になっているかもしれません。その慎重さはとても大切なことです。二度と繰り返してはならない時代であったのですから。
と同時に、人々の心の中に自然に、健全な「自分の国を愛する」気持ちが生じることも大切だと思うのです。家族を、友を、大切に思うのと同じような、自然な気持ちとしてのそれ。
大切なのは、自分の国を愛するために、誰かを傷つけては決してならないということ。そして、自分の国を愛することを拒否する人の存在(どうしても自分の国が好きになれない人はあるはずです)をきちんと認めること。
世界がかつて経験したことのない近距離で交じり合う21世紀という時代においてもっとも必要とされる「多様性の認容」、違いを認め合う、ということ。自分の国を愛することを拒否する人の存在をきちんと認めることは、21世紀に求められている「多様性の認容」に他なりません。
「自分の国を愛する気持ち」は、強制されるものではなく、国家によって主導されるものではなく、人の心に、自然に生ずるものです。
◇
岡倉天心と新渡戸稲造のことを考えます。その時代、正に先陣を切って世界に切り込んでいった天心と稲造は、茶の世界と武士道を、ともに英文で世界に伝えようとしています。
「もっとも国際的であった彼らは、もっとも日本を愛した彼らであった。」
そのような表現が心に浮かびます。
「自分の国のことを愛する」ということは、オリンピックのときのように(まだ記憶に新しい日韓共催W杯のときのように)スポーツで応援をするということが一つの形でしょう。
そしてそれと同時に、自分の国の文化について、それをよく知り、そして大切なものと感じる、ということもあります。
◇
文学で言うなら「暗誦」というもののある意味での復権が考えられてもいいのかもしれません。海外に出たとき、自分が日本のことを意外と知らないでいる、ということに気づかされるのはよくあることです。SISの9年生がオーストラリアホームステイに出た後の感想にもそのような記述がよく見られます。
ある作品の一部が体と心の中に入っている。それを暗誦という形で紹介する。例えば、
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人と栖(すみか)と、またかくのごとし。」
これを暗誦により紹介し、出来るなら意味を英文で伝える。
"The flow of the river is ceaseless and its water is never the same. The bubbles that float in the pools, now vanishing, now forming, are not of long duration: so in the world are man and his dwellings."
暗誦ということが、暗記というものと混同され、特に意味不明の丸暗記が学習として否定される傾向と相俟って、暗誦、という形での文化継承が弱まってきているように思えます。
SISも丸暗記でテストの点数さえよければそれでおしまい、といった学習を根底から否定し、深く考え、学び習う授業を目指していますので「覚える」という作業に割ける時間がやや少なくなっているかもしれません。
生徒たちの心と体に、日本の作品が、一つでも多く刻み込まれ、おりおりの世界の人々との交流の機会に、それを暗誦で紹介できるようであればいいなと、小さな夢です。
◇
最後にオリンピックに話を戻しましょう。
どのオリンピックのときのことだったでしょうか、まだ幼かった私の娘が次のように言いました。
「パパ、なぜ日本の選手ばかり応援するの。どこの国の選手も一生懸命練習してきたのだから、全部応援しなくちゃ駄目!」
英国で教育を受け始め、帰国後もインターナショナルスクールで学び、「日本の学校」で一度も教育を受けたことのない娘にとっては、それがあたりまえのことだったのです。
◇
(文中『方丈記』の英訳はドナルド・キーン氏によるものです。)
★オーストラリアホームステイプログラム2004
山本靖子
英語科
本年度のオーストラリアホームステイプログラムは7月9日から31日までの間、ブリスベンにて、昨年に引き続き、サンドゲート高校及びネラングババリー高校の2校を研修校に行われました。
初めての異国でのホームステイに、事前準備では少し緊張した様子でしたが、集合当日は意外にリラックスムードで、8時間のフライトを終え無事ブリスベン空港に到着、長い持ち物検査を終えたら、眠そうな目をこすってまずは市内観光。日本の猛暑がうそのような爽やかな気候に、町が一望できるマウントクーサの展望台、そして、ローンパイン公園で豪州原産の動物を見るころには目はパッチリ、大はしゃぎで、コアラと記念撮影をしたり、カンガルーに餌をやったり、早速お昼はオージーバーベキューを楽しみました。
その後はいよいよホームステイ先との顔合わせ。それまでのリラックスムードはどこへやら、このグループには前代未聞なほどの緊張感がバスの中に漂いました。印象的だったのは、ホームステイ先の方々もバディも待っている姿がとても不安そうで、ああ、本当に楽しみにしてくれていたんだなあと実感。一方、千里の生徒は、それこそ借りてきた猫よろしくの体で、静かにホームステイ先に引き取られていきました。
そして次の週の火曜から、いよいよ学校の始まりです。この日の様子がポイントなんだと聞かされており、どんな様子だろうと思いながら、ミーティングの場所である教室に行くと、「つらいことない?」に「眠い!」(向こうは朝がとても早い。)の答え、また「英語が全然判れへん。」という声にも悲壮感はなく、意外に元気そうでリラックスしていて、すでにホストのことを楽しそうに話す姿も発見し、また、まだ慣れてないにしても、もっと仲良くなるぞという前向きな決意が日記には綴られており、引率教員は「やるなあ。」と感動しつつ、ほっとしました。ただ、やはり食習慣の違い(食べ物の違い、ランチの軽さ)には戸惑ったりはありました。
学校での生活は、基本的にバディのクラスに一緒に入れてもらい、それを体験するのがほとんどで、それに加え毎年やっているのが、日本語のクラスでの日本文化紹介で、今年はカルタ、将棋、福笑い、あやとり、書道、着付け、たこづくり、折り紙といったことを紹介、とても好評を得ました。
放課後はクラブ活動がないため、家にまっすぐ帰ります。家に滞在するということは、日本での普段の生活と同じで、旅行とは違い、日々何かエキサイティングなことが起るというわけではありません。ただ、くつろいでテレビやビデオを見たり、バディの兄弟と遊んだり、近所に散歩や買い物に行ったり、家の手伝いをしたり、それぞれの家庭の事情に少しずつ精通する中で、ちょっとしたお国柄の違いや、あるいは同年代としての共通点を発見したりするところがホームステイのよいところといえるのではないかと思います。また、サンドゲートにしてもネラングバにしても大阪のような刺激にあふれた大都会ではなく、またその分、自然が美しく、海を見たり星を眺めたりする、そんなことがとても印象に残ったのではないでしょうか。
あまりにすぐに馴染んだので、後でホームシックが出るのではという心配をよそに、気がつけば3週目、どちらの生徒も楽しみにしていた遠足。向こうのバディの希望で、サンドゲート組は海の生物のショーが見られるシーワールド、ネラングバ組は向こうでも人気の遊園地、ドリームワールドに行きました。聡榾バディと行動するように!曹ニいうお達しが守られたかは疑問符でしたが、その頃には自分のバディ以外のバディとも仲良くなってグループで行動する姿が印象的でした。
楽しい一日が過ぎれば次はもうさよならパーティ。サンドゲートでは、ホストファーザーたちも参加しての腕相撲に大盛り上がり、ネラングバはハプニング続出でしたが、1人1人一生懸命用意したホストたちへのカードを何とか渡すことができ、絶対泣かないと言っていた人こそ号泣でした。
そんなこんなのあっという間の3週間、朝のホストとの別れにまた涙、中には空港まで見送りに来てくれた人たちもいて、最後までオーストラリア人のまっすぐな優しさ、暖かさに感動するみんなでした。
帰りは飛行機が遅れて、到着が夜中になってしまい、空港であわただしく解散となってしまいましたが、次に学校で再会した時にも、オーストラリアでもらったなんとも言えない「生き生きとした温かい感じ」が漂っていました。文集でも、色々あったけれど本当に行ってよかったという言葉がみんなから聞けたのは、引率者としてもうれしい限りでした。この初めての異国でのホームステイをやり遂げたことをしっかり自分の自信にして、今後の生活につなげていってほしいと思います。
★サマーキャンプ報告
100kmウォークを振り返って
高橋寿弥
数学科
7月1日(木)〜7月4日(日)の期間、恒例の100kmウォークに行ってきました。今回は例年に比べて参加者が少なく8人でした。気象条件は100kmウォークとしてはあまり良くなく、3日間とも晴天で気温も28℃〜31度位で非常に高く、湿度も高めでした。でもそんな厳しい気象条件にも拘らず、参加者全員避暑対策をしっかりしたため、全員が完歩という素晴らしい結果に終わりました。キャンプ中の8人の結束力は非常に強く、お互いに励ましあい、頑張る気持ちを向上させあうことができたことが、この偉業達成に繋がったと思っています。
また、教員側では弥永先生が約90km歩いたのには非常に驚かされ、感動させられました。やはり、「冬の間保健室にインフルエンザの生徒が多数出入りする中、一度も自分自身はインフルエンザに感染しない」という、偉大な弥永先生だからこそ、成し遂げられた結果だと思います。ボスの田中憲三先生はキャンプ全体の組織・運営と司令塔として、色々ご指示いただき、ありがとうございました。生徒が途中で挫折しかけたとき、田中先生のこの上ない笑顔を見て、生徒は最後まで頑張れたのではないかと思います。お二人とも本当にお疲れ様でした。
最後に参加した生徒の感想を幾つか掲げておきます。
○始める前は不安で一杯だったこのキャンプは、大成功・大満足に終わりました。明確な目標があれば無我夢中にここまで頑張ることができるということを実感できた気がします。この経験は是非他のことにも活かしたいと思います。
○自分ってすごいなあって改めて実感しました。皆が完歩したのは今回が「初」だったのでとっても良かった。心も体も達成感で一杯です!
○ゴールに着いた時の感動は忘れられません!このキャンプを通して「人体の神秘」「皆の優しさ」「自分の凄さ」を知りました。一生忘れることのできない素晴らしい経験ができてとても嬉しいです。
○私は家族でよくロングウォーキングをするので歩くことには慣れていましたが、100kmは初めてでした。しかし完歩しても、まだ後50kmは歩けそうなほど余裕があったので、自分自身に驚きました。先生や他の皆と歩きながら話ができて楽しかったです。
○100kmウォークを通して知れたことは「自分の秘めたる力」!私も頑張れば100kmなんて余裕だ!歩くことは嫌いだったけど、100km歩いて、歩くことが好きになれた。
○歩くっていう初歩的な運動を通じて、「昔、伊能忠敬もこんな風にひたすら歩いていたんだな」と思うと、なんか昔の人が身近に感じられた。100km完歩できて充実感で一杯です!
○ 昨年に引き続き、私にとって2度目の参加となった100kmウォークですが、昨年よりも厳しい天候下で行なわれましたが、それだけ一層、完歩したときの喜びも強かったように思えます。その喜びの裏には他の7人のメンバーの支えがありました。みんな本当にありがとう!
○私が想像していたよりも、ずっと過酷なものでしたが、100kmを無事に完歩できた今、体力面でも精神面でも1つ成長できたと、心の底から実感しています。「200kmも行けるかも」なんて、私に自信を与えてくれた100kmウォークでした。
ネイチャーゲームキャンプ
難波和彦
英語科
ネイチャーゲームキャンプは、7月1日〜3日、箕面教学の森にて、25名の生徒と、馬場・志垣・難波の3教員付き添いのもと、行われました。
箕面駅に集合してからキャンプ場までは、歩いていきます。住宅街を歩いている間は、何てことなかったのですが、教学の森の入り口から、道は舗装されているとはいえ、山の中を歩いていくことになり、多くの生徒にとって、最初の試練となったようです。キャンプ場につくと、すぐにオリエンテーションがあり、ロッジの掃除コンテストが始まります。このネイチャーゲームキャンプでは、すべての活動が、コンテストになっていて、グループごとに得点がつけられ、最終日にそれを合計して、表彰します。掃除コンテストでは、みんながとまるロッジをきれいにします。グループわけをして、初めての作業なので、グループの人と、なじむいい機会にもなります。ロッジの掃除がすむと、各自がもってきたお弁当を食べて、本日のメインイベントである、オリエンテーリングが始まります。方位磁石の使い方と、地図の見方の説明を受けた後、ひとりずつ順番に出発していきます。山の中を磁石と地図だけをたよりに、目的地までいくのは、不安なものですが、ポイントの旗を見つけたときは、うれしいものです。生徒たちが、コースを回って帰ってくるのには、われわれが予想したよりも、意外に時間がかかりました。磁石と地図を大事にするあまり、目的地までの直線コースを取ろうとして、道のないところでも、無理に進んでいこうとして、かえって迷ってしまった人が、けっこういたようです。途中で、歩いている一般の人たちも、アドバイスをくれました。コースを外れてしまって、まったく予想外の場所から帰ってきた生徒もいました。夕食は自炊で、キャンプでは定番のカレーライスを作りました。この料理もコンテストになっていて、先生たちは、3つのグループのカレーを食べ比べて、評価をしました。それぞれ一長一短があり、なかなか評価をするのは、難しいものがありました。この日の夜は、オリンピックゲーム大会ということで、キャンプ場のリーダーの人主導のもと、オリンピックの競技の名前がついたゲームをして競いました。たとえば、淘・鰍ー狽ネら、新聞紙で紙飛行機を作って、それを飛ばしながら、走って競うというものです。もちろん、これもコンテストという形をとりました。夜ともなると、明かりのあるところには、虫がよってきます。特に僕もびっくりしたのは、特大のゲジゲジです。生徒が足の長い特大のムカデが出たので、眠れないということで、行ってみると、本当に大きなムカデで、足がめちゃくちゃ長い、まるで怪獣のような虫が天井にはりついていました。これは、さされたら危ないし、眠れないなということで、始末をしましたが、次の日にキャンプ場の人に聞いてみると、特大ゲジゲジということで、ムカデのような危険性はないということでした。このキャンプ中、多くの人がこの特大ゲジゲジには、驚かされたようです。
2日目の午前中はブーメランつくりに挑戦です。紙を切り抜き、色をつけて自分だけのブーメランを作ります。ポイントは、投げた後自分のところにもどってくるかどうか、というところです。できあがったら、審査員の前で投げてみます。自分のところにもどってきてつかまえることができると、高得点をもらえます。微妙な角度の調整が必要なようで、みんないろいろ工夫をしていました。昼食には、自炊の第2弾として、ソーメンをつくり、昼からは、「せんりこくさいがくえん」の名前にちなんだ植物を、山の中をあるいて探してくるコンテストです。2日目の夕食は、野菜炒めを作りました。じっくり野菜をいためたグループは、野菜の甘味がでていましたが、自分のきらいな野菜を入れないグループなど、それぞれに個性的な料理ができあがりました。夜はキャンプファイヤーです。リーダーの大学生の人たちが順番に、持ちネタを出してくれて、ジェスチャーをしたり、歌ったりして、楽しく過ごしました。マシュマロを火であぶって食べるのも、おいしかったようです。このあと、山の中から、街を一望できる「青空展望台」に行って、夜景を楽しみました。(青空ではなく、星空というところでしょうか)
最終日は、その辺にある木や植物を使って、フォトスタンドを手作りでつくるコンテストです。木の枝、様々な葉っぱ、木の実など、山のなので素材にはこと欠きません。生徒たちは、みんなでわいわいしゃべりながら、個性的な作品をつくっていました。最後に、得点を集計して、グループごと、個人への表彰があり、素敵な賞品が渡されました。大きな規模のキャンプではなく、箕面という近場でこじんまりと行われたキャンプでしたが、「自然」を活かして、いろんなことができるんだなあということを学びました。キャンプ場のリーダーの人たちも、とても親切で安心して活動に取り組むことができました。
海洋キャンプ
井藤眞由美
英語科
徳島県阿南での3度目の海洋キャンプ。天候に恵まれ今年も4日間中学生と高校生がともに海のスポーツやグループ活動を楽しんで真っ黒に日焼けしてきました。今年は教員付き添いは、体育科の相良先生、社会科の野島先生、音楽科の森先生という錚々たる『海の男たち』と、私、井藤でした。
海洋キャンプの目的として@中等部・高等部をあわせたグループで行動し、親睦を深めるとともに、協力し合っていろいろな活動に取り組む。A海での活動について基礎から学び、技術を習得する。B集団生活をすることで日常とは違う環境での生活力を身につける。という3つを掲げています。
まずAについて。例年と同じくカヤック、カッター、ヨットには全員で取り組み、無人島でのスノーケリングやビーチバレーはオプションで楽しみました。初日のカッター訓練の日はまさに『海日和」のあつ〜い日で、「い〜ちにっ」と叫びながらオールをこぎ、汗だくで無人島の岸ちかくにたどり着いた時には、みんなで海に飛び込んで泳ぎましたね。華麗な(!?)飛び込みスタイルを競い合いました。無人島では牡蠣、あわび、サザエ、うに、たこなどが取れ、実は小粒だったけれど、突っつきあって食べるのは楽しかったですね。海を楽しむみんなの笑顔は光っていました。ヨットは風に見放されるとつらかったですが、カヤックではアメンボウのようにすいすいと水面を自由に動き回るのが爽快でしたね。
@については、グループごとに高校生が中学生をリードし、楽しい仲間作りができていました。最後の夜のグループの出し物も各グループの味が出ていて楽しめました。(教員チームも負けていなかったと思いますけどね。)高校生の諸君、グループリーダーとして、レクリエーションのリーダーとして、しおり作りの係りとして、全体リーダーとして、それぞれの役目をしっかり果たしてくれましたね。お疲れ様でした。
ところが、いい面もたくさんあったキャンプですが、残念ながらすべてがよかったとはいえません。@について、そしてBの集団生活を学ぶ、という点においては今年は少し反省点を残しています。今年の全体リーダーを務めてくれた牧野良さんと松田真依さんは、強い責任感を持って出発前のミーティング、キャンプ当日、そして帰ってから反省点をまとめること・・・のすべてについてとてもまじめに取り組んでくれました。リーダーとして、そして今年のキャンプの最高学年生として書いてくれた文章がありますので二人の文を抜粋した形で紹介します。
キャンプを通して知ったHSとしての自分
(Y---牧野良 M---松田真依)今年の夏のキャンプは私にとってとても大切で少し成長できたように思えるキャンプでした。今年の海洋キャンプは11年が最高学年だったのでもちろんトップのリーダーもグループリーダーも11年生が中心でした。11年生といえば、実質的に後輩をリードしていく立場にあります。なのに今回のキャンプでは全然リードできていなかったとおもいます。2日目の朝礼に遅刻してきたのも11年生だったし、言動にも問題があったとおもいます。(M)
最後の夜、HSの女子の部屋では、HSメンバーが今までどれだけHSとしてお手本を見せられていなかったか、また、運営や全体・グループのまとめ役でなければいけないのに、それができていなかったことについて、激しく本音をぶつけあいました。その時、私は発熱でまともに立っていられないほどフラフラしていたので、あまり話し合いに参加できなかったのですが、みんな思いっきり、言いたいことを言いまくっていたのを覚えています。私は頭が朦朧としながらも、「こんなにお互いを素直に、正直に注意しあえるなんてスゴイ!!」と一人感動していました。今思えば、みんなが素をさらけ出せたのは、あの場にいたあのメンバーじゃないと出来なかったことだと思います。(Y)
キャンプ自体は本当に楽しいキャンプでした。めったにできない活動をきれいな海で体験でき、BBQや肝試しと本当に充実していました。ただ、私が未だに思っているのは11年生としての行動ができていたかなというところです。ですが、そう思えるようになった、こう考えるきっかけになったのはこのキャンプに参加したからです。なので私にとって「少し成長することができたかもしれない」キャンプになったと思います。(M)
最後に、井藤先生、森先生、野島先生、相良先生、YMCAの皆さん(特に担当のマリオこと関さん)、MSのみんな、HSのみんな、海洋キャンプに関わった全ての人、そして大切なことを思い出させてくれた真依。本当にありがとうございました!!!そしてお疲れ様でした!本当に私がリーダーで良かったのかな・・・という不安をずっと持っていましたが、みんなのメールでそんな不安も吹っ飛び、「やって良かった!」と思えました。(Y)
付記: 今年の高校生参加者は、『楽しいとき』を持つだけではなく、高校生としての立場を深く考えること、仲間たちと本音で語り合い切磋琢磨しあえること、のできる人たちでした。反省点はあるかもしれないけれど、みんなのがんばりのおかげで楽しい思い出がたくさんできたことを誇りにも思ってくださいね。
国際交流農業キャンプ
佐々木真子、立川奈央
高等部3年
「参加人数がそろわなければ、キャンプは中止になるかもしれないですね。」という真砂先生の一言で始まった国際農業キャンプ。しかし出発時には引率の真砂先生、Ms. Shepherdも含めて16人がそろい春学期最後の日に出発しました。新大阪から東京まで新幹線、それから3回乗り換えて、約6時間で栃木県西那須野にあるアジア学院に到着。セミナーハウスという学院の宿泊施設でTaneさんこと村尾嘉胤さんから色々と説明を受けてから、就寝しました。
翌朝は6:30amからラジオ体操。その後、Taneさんに農場の案内をしていただきました。豚、牛、鶏の小屋、魚の池、野菜畑、食品加工場・・・。だめになった野菜をミミズのえさにしたり、自分たちの生活排水は浄化して魚の池の水にしたり、バクテリアがゴミを分解するときに発生させる熱で発電したりと無駄のないよう様々な工夫がされていました。見学の後は学院の研修生の人達と朝ごはんを食べました。アジア学院の研修生は農業を学びに世界各国から集まっていたので、国際交流のよい機会でした。私たちは真砂先生の指示でなるべく違うテーブルに分かれて座りました。最初は会話もなかなかできませんでしたが、日がたつにつれ会話にも少しずつ慣れていきました。
朝食後は本格的に作業が始まり、私たちは料理(80人分の昼食の準備)・牛小屋の掃除・卵の運搬の三手に分かれて午前中いっぱい働きました。ただキャンプ中ずっと同じ仕事をするのではなく、ローテーションを組んで色々な体験をしました。野菜の収穫とケア、家畜の世話、そしてブッチャリングやパン作りも体験することができました。どれも私たちの普段の生活ではとても体験できないようなことばかりで、慣れない作業だったので作業を終わらせるのに時間がかかったりしましたが、とても良い体験になりました。アジア学院の人達からはやらなければいけないからやるのでなく、自分たちのためにやっているという意識を学びました。だからこそ鶏を殺すブッチャリングや、牛の糞の掃除だって何の抵抗もなくできるのだと思いました。食べ物も形が悪くて出荷できないものは学院の食材に回し、残飯は家畜のえさにしていました。えさや機械は買うと出費が高くなってしまうので、機械や道具も大切に使っていました。大半が寄付でまかなわれていて、道具や車のドアが壊れかけたりしていても自分達で修理して大事に使っていました。これらを通して、自然のサイクルは人間がうまく関わればよりよいものとなることを学びました。そして食事の前にはかかさず、食べ物の恵みに対し感謝のお祈りをしていました。毎日恵まれた環境で生活していては気づくことのできない様々な「生」に気づかされました。自給自足をすることがこの上ない肉体労働を必要とすることを身をもって知り、毎日くたくたになるほど大変でしたが、一日は決して「疲れ」だけで終わりませんでした。取りたてのトマトや、農場の牛乳やヨーグルト、労働後に行った温泉。どれも努力をした後だからこそ嬉しさ、おいしさ、そしてありがたみが分かり、それが普段の何倍にも感じられました。そして最後の夜。私たちは研修生を10人程セミナーハウスに招待し、ブッチャーした鶏肉と野菜でバーベキューパーティを開きました。その締めくくりには花火もしましたが、中には花火が大好きで振り回して大はしゃぎをしている研修生もいて、皆で楽しいひと時を過ごすことができました。
最終日となってしまった7月3日(土)。朝食前に最後の仕事を終え、朝食後感謝とお別れの挨拶をして、セミナーハウスをきれいに掃除してから10:30amに出発しました。皆体は相当疲れていましたが、やはり3泊4日だけでは物足りない、一週間くらいはいたかったと言う声も聞きました。それほど健康的で充実した日々でした。けが人や病人もなく、6:30pmには無事に新大阪に着くことができ、国際農業キャンプは幕を閉じました。キャンプ前日が徹夜だったにも関わらず、キャンプ中もずっと気配りしてくださり、生徒に負けないくらい頑張って作業しておられた真砂先生、帰りの新幹線で大きないびきをかいて寝ておられましたね・・・。そしてブッチャリングも見事に果たされ、新大阪に着いてからも私たち一人一人にゆっくり休んでねと優しく声をかけてくださったMs.Shepherd、私たちのために影ながら誰よりも忙しく働きまわっていたTaneさん・・・お世話になりました。私たちがこのキャンプに参加してよかったと心から思えたのは皆さんのおかげです。私たちが体験したことは農業生活のほんの一部にすぎないですが、それ以上のことを毎日の日課としてこなしておられるアジア学院の皆さんを本当に尊敬します。最後になりましたが、この場をお借りして皆さんに感謝いたします。本当にありがとうございました。来年もキャンプへ行こうと思っている君へ―、次は国際農業キャンプへ行こう!!!
心の旅
杉原末里子
高等部3年
今回の心の旅参加者は17名(12年11名、11年4名、引率2名)で、場所は、高野山の宿坊、恵光院さん。綺麗なお寺で門をくぐる時、緊張しました。まずはオリエンテーションで、各自「自分を考える」などこのキャンプでの目標をたてました。その後、夕食。ここでは毎食全て精進料理を出していただきました。「物足りないのでは」と、このキャンプで1番の不安!?実際はどれも自然の材料が使われた、とてもおいしいお食事でした(ご飯はお代わり自由!笑)。続いて阿字観。これは真言宗の瞑想法で、「阿字」とは宇宙を表す文字。これを観て瞑想する事により、仏様と大自然とが一体である事を体感する修行の一つです。私達はこれを朝食前と夕方に30分ずつ、合計6回で習得しようと頑張って挑みました。やり方は簡単で、一番大事なのは自分の呼吸を意識する事。最初は、体中に力が入り、非常に不自然な体勢で大変でしたが、皆だんだん上手くなっていきました。
夜は融解の集い。お寺の方々が集まってくださり、まりと春奈の司会で、ゲームや卓球で盛り上がりました。最初私達は「お坊さんだぁ!!」とめちゃくちゃ緊張していましたが、皆さん気さくな方たちで、学校の話をしたりで、年齢も近かったせいかすぐに仲良くなれました。朝は普通に学校に行ったのに、夜には高野山にいて修行もしたし、お寺の人達と仲良くなったし、1日の出来事とは信じられない充実ぶりでした。
2日目は朝の阿字観の後、護摩供養に参列。これは、護摩木やお香をたいてお経を上げて祈ります。実際に目の前で火がたかれ部屋中が熱気と煙で溢れると、その30分間はとても迫力がありました。朝食後は作務つまり掃除の時間。掃除をするといっても日常は掃除機で済ませてしまうのが、雑巾を水でしぼってお寺の長ーい廊下を水拭きする作業は、日ごろの学校の掃除のご苦労を感じさせると共に、広いお寺を常に綺麗にキープするのは大変なんだなぁと体感しました。
その後、お昼まで奥の院散策。弘法大師の眠る奥の院には20万基を超える墓や供養搭があり、恵光院から奥の院御廟まで歩いて30分程の道中には明智光秀、織田信長、豊臣家など、超VIP級の歴史的有名人のお墓。普通のお墓とは明らかに風貌が違うその堂々としたたたずまいはとても迫力がありました。午後は、静かに写経をしました。その夜は、仁美と恵果の司会で、昨晩とは少し違う雰囲気でお寺の方達と仏教やお寺、自分自身の事を話したり質問したりする時間。最後はまた卓球とゲームで、昨晩よりより打ちとけられました。
3日目は実質的な最終日。午前中は選択で、名物のゴマ豆腐屋さんの見学に行ったグループ、高野山で今もなお唯一女人禁制のお寺である真別所の前まで行った仁美、マイオリジナル数珠を、教えていただきながら作ったまりと私、と3つそれぞれが楽しく過ごしました。午後は観光名所を回り、特に金剛峰寺は高野山真言宗の総本山で、たくさんの豪華な襖絵や歴代の皇室の方々の訪問時の写真、立派なお庭、豪壮な台所など、どこもとても立派で見ごたえがありました。
夜はいよいよ心の旅の影の目玉?である花火と肝試し。断言します、これは私が今まで入ったどこのおばけ屋敷より怖かった。最初は楽しい花火大会で、夕方奥の院を歩いていった先の空き地でしました。個人的に一番楽しんでいたのは、連発花火を嬉しそうに手に持って打ち上げていた松島先生だったと思います。笑) 肝試しは、ご住職のこわ〜い話から始まります。真っ暗な山の奥から、先に出発した人の声が「ギャア゛―!」と聞こえて来る中、パートナーの千晶ちゃんといざ出発してみると、明かりは申し訳程度に灯されたロウソクの火のみ、あとは足場も悪い山の中から、両サイドにお墓びっしりの奥の院をたった二人で歩くのです。そして道中では・・・。普通にお墓を通るだけで怖いのに、後ろから追いかけられたりしたら・・・。私は一度マジで腰をぬかしてしまいました。全員が戻った後、ご住職の特別配慮で、車でホタルが群生する場所へ。高野山は標高が高いので7月でも本当に箕面とは比べ物にならない数で、とても印象的でした。肝試しでヘトヘトになりつつも、私は初めてホタルが光るのを自分の両手の中で観察できてとても感動しました。
4日目は朝から帰り支度が進む寂しさの中、最後にご住職が、前夜の肝試しを振り返って、この旅での経験、そしてこれからの私達の人生に関する大切なお話をしてくださいました。何回か伺ったご住職の法話は、毎回どれもとても身に深くしみて、納得させられたり、不思議に思ったり、興味がつきないものばかりでした。本当にありがとうございました。
振り返ると、皆とワイワイ過ごすことも楽しかったし、阿字観や写経の修行を通じて、日ごろ忙しくこなすだけだった日常生活を夏休みの初めにふさわしい形にリセットできた様です。特に12年生が多く、受験を控えて皆自分を見つめ直す良い時間になったと思います。うるさく、お風呂が遅く、なかなか寝ない私たち、それでも貴重なお話や体験、おいしいお料理、やさしい心遣いで私達を受け入れてくださった恵光院の皆さん、ありがとうございました。そして最後にこのキャンプの引率をしてくださった青山先生と松島先生、心の旅にお二人はぴったりの先生だと思います!本当にありがとうございました。
チャレンジ・キャンプ2004夏
新見眞人
理科
チャレンジ・キャンプに高等部1年生男女各3名と3年生男子12名の生徒たちと引率の木村先生と新見の合計20名で、今年も、長野県へ行ってきました。日本アウトワード・バウンド・スクール(OBS)長野校のインストラクター(マエッチ、サッチン、マッチ、リサ、そしてシムケン⇒OBS内ではインストラクターも参加者も親しみを込めてお互いに愛称=ニックネームで呼び合います)の情熱溢れた指導の下、生徒たちは小谷村から美ヶ原高原へのマウンテンバイク遠征をメインとした、このキャンプの呼称通り、真に<チャレンジング>な4日間の野外活動を日焼けとかすり傷以外の大した怪我もなく、まあ無事に全員が立派に成し遂げてきました。プログラムの概要は次の通りでした。1日目午後、イニシアティブゲーム(アイスブレーキングから仲間作りへ)の後、自然の岩場でのロッククライミング(前日の雨の影響が残り、岩の表面が濡れていたので、どの生徒も非常に苦労して数十分から1時間も岩場にへばり付いたのち、ようやく岩場を登頂征服することができたので、万感の思いだったでしょう)。夜は長野校宿舎泊。2日目早朝、マウンテンバイク等を満載したトラック1台と生徒たちが分乗したライトバン2台で大糸線平岩駅近くの長野校を出発、国道148号線のいくつものトンネルを通過し、千石駅付近の姫川の河原で下車した。ここで、準備運動とマウンテンバイクの調整を行い、いよいよ、この日の予定である60km遠征に、2つのグループに分かれて出発した。遠征初日のチャレンジは与えられた地図を自分たちでしっかり読み取り、ルートを見つけ、休憩や昼食時間などの取り方や走行ペースも各グループ内で相談の上決定し、この日のキャンプ地まで到着制限時間午後4時を厳守するというものであった。マウンテンバイク隊グループ@は1年生女子の神澤・谷畑・木村の3名+3年生男子の笠井・伏見・西名・岡林・高橋・高木の6名+インストラクターのサッチン、そして水と食糧支援ライトバン隊(マッチと木村先生);マウンテンバイク隊グループAは1年生男子の中島・永田・渡邊の3名+3年生男子の富川・柴田・バニヤン・中島・新見・馬越の6名+インストラクターのマエッチ、同様に支援ライトバン隊(リサと新見)、最後に予備の自転車、テント、食料、水、調理器具等を積んだトラックが伴走した。国道走行をなるべく避けるように鬼無里村・小川村・美麻村・八坂村・池田町・明科町等の村や町を適度なアップダウンを繰り返し通過し、この日の最難所であった急勾配を上り詰めた所にハンググライダー離陸場があった。ここの美しく整備された芝生にテントを張って、この夜一晩の宿泊場所を確保した後、全員で夕食を作り、グループ毎、輪になって一日を振り返りながら談笑し大変おいしくご馳走をいただいた。翌3日目早朝、グループごとに自分たちで朝食も準備し、食事をし、手早く後片付けを終え、準備体操を念入りにすませ、今回の遠征目的地である美ヶ原高原(標高2034m)へ向けて、走行距離としては40km、ただし、ほとんどの行程が急な登り坂ばかりという非常に(超)ハードな遠征2日目のチャレンジに出発した。この日も前日同様、美ヶ原高原到着制限時間午後4時厳守であった。生徒たちは、強い日照りと急勾配に疲れ果て、途中何度何度も休憩を挟み、しかしながら一歩一歩(一こぎ一こぎ)ゆっくりだが着実に標高を稼ぎ、とうとう武石峠に達し、そこからは実にすばらしい景観の美ヶ原スカイラインを疾走することができた。この時、全員、このハードだった丸2日間のチャレンジが一瞬で吹っ飛んだような気持ちになったことであろう。1時間程度の差はでたが、2つのグループ共、全員が無事にこのマウンテンバイク遠征を見事に完了することができた。写真は、美ヶ原自然保護センター前駐車場で撮った、完走後の誇らしげな全員の笑顔である。すばらしい360°の展望をしばし満喫した後、今日一日、せっかくさんざん苦労して登ってきた道を、ライトバンであっという間に下山し、美鈴湖付近のオートキャンプ場にテントを張り、キャンプ最後の晩を過ごした。4日目、いつもよりはゆっくりと起床、洗面、テント撤収、朝食準備、食事、後片付け、等々をすべて終えた後、ライトバンに分乗し、再度、美ヶ原高原へ向かう。ファイナルチャレンジは、ソロウォーク。美ヶ原高原の自然保護センター前から天狗の露路、王ヶ鼻、王ヶ頭、美しの塔(の見える所)周辺を、各自一人一人になって、歩きながら、あるいは、腰を下ろして景色を見ながら、思索する。この4日間のこと、進路のこと、・・・。そして、木陰の中でグループ毎にキャンプを総括し、各自がコースインプレッションを書き上げた。その後、ライトバンで下山し、松本駅まで送ってもらい、松本バスターミナルから高速バス(アルペン松本号上り)で帰路についた。
写真文芸帖キャンプを通して
斎藤 数
理科
今年の「写真文芸帳」キャンプはいつもと違って、どこに行くか、から話し合い、生徒と一緒に計画を立ててきました。まず5つほど行く先の候補を決め、投票によって一つに絞り、金沢に決定しました。金沢は金沢城址を初め、日本三名園の一つである兼六園、そのほか町のいたるところに古い建物が残されており、どこを歩いても写真の被写体はいくらでもあります。次に金沢では、どこに行きたいかど話し合い、時間などを考えて、一応のコースが完成し、実施となったわけです。実際、犬や猫、道端の雑草までがあたりの景色ににピッタリと溶け込んで、被写体としていい雰囲気を醸し出してくれました。訪れた場所は、金沢城公園、兼六園、ひがし茶屋街、にし茶屋街、主計町茶屋街、尾山神社、長町武家屋敷、寺町寺院群、近江町市場・・・などです。いずれの場所も宿泊した兼六荘からはさほど遠くなく、ほぼ徒歩で道々スナップしながら回りました。途中休憩では焼き立て煎餅をホッホ言いながら食べたり、江戸時代からの製法による飴をなめたり、ソフトクリ−ムを食べたり、武家屋敷ではお抹茶に呼ばれたり、また、蓄音器館や美術館に寄ったりと、金沢の町を十分に楽しむことができました。
1泊2日という短い時間ではありましたが、皆、かなりの枚数の写真を撮ったようです。日常の生活を離れて、ゆっくりと文芸活動に浸れるということがどんなに楽しいことなのか、各生徒なりに体得されたのではないかと思います。写真を見ると、自由気ままなスナップが多く、明るい顔をした友達が写されていて、本当にキャンプを楽しんでいることがよくわかります。帰ってからのパワ−ポイントを使った紀行映画(?)作成や、写真に詩や短歌、替え歌、童謡、物語、解説などを付けていく文芸帳の作成など、キャンプのスタートからアルバム作成まで、熱心に、楽しみながら活動している姿を見、文芸帳キャンプを計画して本当に良かったと思いました。最後になりましたが、紀行映画の作成では情報科の合志智子先生にご指導いただき、とても助かりました。ありがとうございました。(斎藤)
今回のキャンプには、中1から高3までが参加したのですが、紙面の関係で一番若い中学1年生、最上学年の高校3年生の感想文をお読み下さい。
●7年生1人でちょこっとびっくり。キャンプって言うか合宿に近いキャンプだった。ちゃんとホテルに泊まるし、ベッドだし、キャンプファイヤ−しないし、バ−ベキュ−もしなかった。ほんとに観光気分、学校で来てるとき、忘れちゃうくらい。おみやげ買ったし。キャンプでお土産なんてアリエないよねぇ。それにたくさん歩いた(走ったりも・・)しかも迷子に・・。ケド楽しかったです。(7年生さり)
●キャンプなんて、中1の時以来だったので、すごく楽しめました。バスに乗って金沢へ。「ついたぞぉ!」と思ったら、すぐホテル行って荷物をおき、さっそく撮影開始。パシャパシャとたくさんシャッタ−をきって、撮りまくりました。イエィ!今回の写真も私の好きな上を見上げる矧G狽竅A下を見下ろす矧G狽ェ多かったです。あと、パラパラマンガみたいに見えるものもたくさん撮っていました。アルバムを作る時もちょっとした言葉をつけたりて、私の大好きなことができたので、はりきって作りました。感じたことなどを「スナオ」に書くこと、撮ることをこれからも大切にしていきたいな。とあらためて感じることができたキャンプでした。参加して本当に良かったです。(ちひろ)
森のキャンプ
田中 守
理科
今年の森のキャンプは、山の中にキャンプ場を作ることから始まりました。場所は学校のすぐ近く、茨木市の山。彩都プロジェクトの活動で使っている場所です。いつものように高校生リーダーのレンジャーたちは6月はじめから活動開始。1泊のワークキャンプや毎日のミーティングで準備を重ね、とうとう新しくキャンプ場を作ってしまいました。キャンプのプログラムも、竹を切ってきてテントを作ったりログハウスをみんなで建設したりと、ひと味違うキャンプとなりました。杉林の中でハンモックをつるして昼寝をしたり、マシュマロを焼いて食べたり、ドラム缶でお湯を沸かして水浴びをしたりとみんな思い思いに森の中での生活を楽しんでいました。定番の肝試しやキャンプファイヤーも大成功。交代でごはんも作り、80人が力を合わせた2泊3日でした。ログハウス作りには保護者のボランティアの方々にも汗だくになって手伝っていただき、なかなかかっこいいログハウス「そらの家」が森の中に建ちました。本当にありがとうございました。
参加者の感想の一部を紹介します。■蚊にいっぱい刺されたのと、風呂に入れなかったことは、とても大変でした。■1日目の夜のイベントがきもだめしで、最初はうれしかったけれど、行ってみるとすごくこわかったです。■マシュマロ焼いたり、出し物をしたり、ロッジ作ったりするのはすごく面白かった。■森のキャンプで一番面白かったのがログハウスです。■ごはんとかもすごくおいしかったし、やっぱりあの流し台はすごかったです。ほかにもたくさん工夫がしてあって良かったです。■汗だくなのにおふろに入れないのが残念だった。トイレの消臭を考えてほしいです。■私は本当に下手でお手伝いの人が真剣になって教えてくれた。で、ログハウスの前をとおるたびにすすんでいてかなりびっくりした。いよいよ最終日には完成した!!そのときはすごいうれしかった。すごい達成感がわきあがってきた気がした。■みんなで協力して何かを作ったりできてほんまに楽しかったです。■お化けが私たちを追いかけてきました。本当に心臓が止まりました。ステージにつくと後の方のチームの叫び声が聞こえてきました。自分のチームもあんなのだったのかなぁと思うと笑えました。■私はまた来年も絶対、森のキャンプに参加するつもりでいます。そしてまたあの山で、しんどくなりながら生活したいです。■森のキャンプは楽しかったけど、虫にいっぱい刺されたことと、お風呂に入れなかったのがきつかったです。■キャンプファイアーでは、それぞれのグループが、劇や、ダンス、歌などをしました。なかなか楽しかったです。暑くて虫が多かったけど本当に大自然の中にいると感じました。■現地でやったactivitiesは、面白かったです。特にログハウスを作る時とテイ―ピイを作るのがとても楽しかったです。■下山する時もうちょっといたかったと思いました。あと小さい虫にも平気になれてよかったです。■レンジャーの人たちが優しくしてくれたり、皆で楽しい時間を過ごすことができました。ログハウスも、きちんと仕上がりとても良いキャンプ場が出来上がりました。不安が少しあったのがあほらしく思えました。■1回目にしては成功したのではないでしょうか。私達レンジャー自身も今年の内容を教訓にまた次へ進んでいきたいと思います。■勉強時間を削ってキャンプの準備に熱中してしまい、テストがかえってきた時の急に現実に引き戻される瞬間の気持ちもきっと今後いろんな時に役に立つだろう。でもキャンプにつぎ込んだたくさんの時間は全然無駄なものではなかった。■キャンプの前の学校でのミーティングやプレキャンプに行ったとき、レンジャーの人たちを見てすごくびっくりした。あたしらキャンパーが3日間楽しくすごせるようにこんなにたくさん準備をしてるんやなぁって思った。■ずっとキッチンでグループのみんなとプログラムとか出来なかったけど、キャンパーにありがとうと言われたときは、泣きそうなぐらいうれしかった。■何か失敗したときでも、大丈夫やでと支えられたし、でも言うときはしっかり言ってくれたり。本当にいろんな人に支えられました。■その子は最初クモ見ただけで泣いちゃうからねと言っていたのに、最後の日には足の長〜いクモを平気で素手で取ってテントから追い出していました。彼女の変わりぶりはこのキャンプのすごい魔法だと思います。■キッチンの係はキッチンから離れられない。朝食作って食べて片づけして、昼食作って食べて…でも皆の喜ぶ顔を見ていると、苦になりませんでした。■みんなそれぞれの仕事で疲れているはずなのに仕事を手伝ってくれたり、仕事をしやすいようにサポートしてくれたりしました。それがあったからこそ、最後まで自分の仕事をやり切れました。■見渡しても自然以外何も見あたらない彩都山でキャンプをするという実に強烈な課題が並んでいたフォレストレンジャーでしたが、やはり最高の思い出になりました。■2,3年後はレンジャーやると言ってくれたキャンパー達。来年のキャンプは任せてくれと言ってくれたレンジャー達。暑い中、差し入れやログハウス建設を手伝ってくれた保護者の方々。実務から精神面までサポートしてくれた先生方。そして何より、キャンプ最高、楽しかったと言ってくれたみんなに感謝してます。みんながいたから楽しかったし、みんながいるから幸せです。
★<特集私の夏>
11年ぶりの里帰り
南出希美
高等部2年
ベッキーと出会ったのはアメリカに住んでいた5歳の時。それ以来、毎日学校が終わってからお互いの家で遊ぶ事が習慣となっていました。彼女と会わない日はほとんどないほどで、歯抜けのベッキーと指吸い希実の友情物語は今でも母が話してくれる素晴らしい思い出です。しかし、私は父の仕事の関係で6歳の時に日本に帰国する事となったのです。それ以来私は17歳にいたるまでの11年間、ベッキーとは一度も会えませんでした。しかし私達にとってはただの空白の11年間ではありませんでした。手紙、メールで連絡をとりあい、誕生日とクリスマスにはプレゼントを贈り合いました。11年間一度も忘れずに・・。そして何よりも大切だったのがお互いの誕生日に電話をかけ合うという儀式。その日だけは何がなんでも早めに家に帰って電話近くで待機していたほどです。そしてついに今回のアメリカ行きの計画が実現したのです。
空港では彼女の両親が「Nozomi Welcome Back!!」と大きく書いた看板を持って待っていてくれました。他にそこで待っている人はゼロ。看板なくてもよかったのでは?と疑問を抱きつつも車に乗り込み懐かしの町へ。彼女の家に滞在したのは3週間半。その間は毎日が新鮮。午前中は家族みんな仕事に出かけているので1人で気ままにダウンタウンで買い物をしたり、私がかつて住んでいた家を見に行ったりしました。午後からは家族やベッキーの友人などとニューヨークのライブに行ったり、ヤンキースの試合をみたり、ライオンキングのミュージカルを観たり、海へ行ったり、親戚の結婚式に行き夜中まで踊ったりと毎日大忙し。所有している船でセーリングに行こう、と船に乗り込んだのにエンジンが動かなくてとんぼ返りしたハプニングも。
でも一番考えさせられた事といえば、ガールスカウトのサマーキャンプで日本の文化について教えにいった時の事。みんなで折り紙をしたり、持っていったりした浴衣を見せたり、昔話を読んであげたりしました。みんな人なつっこく、笑顔が可愛い!折り紙はさすがに5,6歳の子には難しかったけど、出来上がった箱に日本のお菓子を入れてあげると大喜びしていました。でも私の名前を正しく発音してくれる子は1人もいなくて、みんなナドミとかノゾンビとか。しかも何人もの子が抱きついてきては離してくれなくて、帰る時は戦争状態。でも帰りの車の中、ベッキーのお母さんから考えさせられる事を聞きました。あのキャンプに通っている子供は収入の少ない家庭から来る子が多く、悲しい事にそのほとんどが黒人の子だというのです。確かに最初に担当したグループの30人のうち80%以上は黒人の子で、白人は3,4人程度。しかもその子達の中には親が一日中働いていたり、兄弟が多くいるために親に相手にしてもらえなかったりで、抱きしめてもらう事が不足するため、キャンプで大人に直ぐに抱きついてくるというのです。今でも上流家庭の地区には白人が多く、直ぐ隣のわりと貧しい地区には黒人が多い事は車に乗っているだけで分かります。でも今回のキャンプで出会った子達のはちきれんばかりの笑顔は、裏に隠れた暗闇さえも吹き飛ばして、将来彼女達の素晴らしい未来を作り出す糧になると感じました。
帰る前日の土曜日。家に戻ると親戚や友人を集めてサプライズパーティーの準備をしてくれていました。その晩はベッキーと2人で徹夜のおしゃべり。昔の写真を見つけて2人とも髪がマッシュルームカットだと発見。きっと流行りだったのだって納得しながら大笑い。今度は必ず彼女が日本に来る事を約束しました。帰国の朝、空港で別れる時に私は初めて泣きました。これまで人と別れる時に一度も泣いた事はないのに。
確かに11年というブランクに比べて3週間半というのは短すぎたのかもしれない。11年前には同じ背丈だったのに今では見上げなければいけないほど。でも今でも彼女のはにかむ笑い方は昔と変わってないし、2人できゃあきゃあおしゃべりするのも昔のまま。それに2人の生活が異なってきた分、今回でお互い相手から学ぶものが多かったと信じています。ただの11年間ではない。私にとって感謝すべきかけがえのない11年間なのだと思います。最高の夏でした。
チェロのサマープログラム
菅野賢二
中等部2年
今年の2月頃、僕が小1の時から続けてきているチェロでEMFというアメリカでのサマープログラムを受けてみました。それは僕にとってはじめてのオーディションでした。そして4月7日に「Congratulation」というメールが届きました。喜びよりも驚きの方が大きかったです。
6月26日、関空からデトロイト、そしてノースキャロライナのグリーンズボロに行きギルフォードカレッジに着きそこでサマープログラムが始まりました。
次の日、チェロの先生全員の前で自分の担当の先生が決まるオーディションがありました。2日目は初めてのオーケストラのリハーサルがありました。オーケストラは初め2週間、その後は1週間ごとにコンサートがあり、その度にメンバーと曲が変わりました。オーケストラは生徒だけのもので2つありました。指揮者も2人いて1人はスペイン人のNovoさん。スペインなまりの英語でとてもユニークなひとでした。オーケストラは毎朝9時から12時までリハーサルをしました。オーケストラでは知らない曲がほとんどで楽譜を読むのが僕は大変でしたが、周りの人達はほぼ全員できていました。初めてのリハーサルでビックリしたのは管楽器が上手かった事です。管楽器やパーカッションがフォルテのところ等オーケストラの中にいると跳び上がってしまいそうな迫力があり感激しました。
チェロは合計21人。その中の1人でジュリアードに合格したという人がいてその人がドヴォルザークのチェロコンチェルトをほぼ完璧に弾きました。僕は感動し、すごい人がいるものだ、と感心もしました。
参加生徒は約200人程でした。その中でもフルートの人達と兄がいるピアノのレベルが高く、上手いと思いました。ヴァイオリンやチェロにも上手い人がいましたが僕のような人もいました。
毎日、オーケストラのリハーサルの他、プライベートレッスン、ミーティング、セクショナル、マスタークラス等、忙しかったです。室内楽でもモーツァルトのクラリネットクインテットの練習も毎日ありました。
毎晩、8時からはコンサートがありました。先生方のコンサートやゲストアーティストのコンサート、そして生徒のコンサート。メインのゲストアーティストはピアニストのアンドレワッツ、ヴァイオリニストがジュリアフィッシャー、チャールズキャッスルマン。トリオではエロイカトリオ、等など。
話しが少し変わりますが、カフェテリアの食事がひどくてとても毎日は食べていられませんでした。そこで近くのメキシカンにしょっちゅう夕食をとりに行きました。そこではとてもおいしい料理が食べられました。その他中華料理などにも行きました。時間がある時には近くのスーパーに行ったりモールに車で連れていってもらったりしました。おかげでお金を使いすぎてしまいました・・・。このように外に食べに行ったり遊びに行ったりするのもすべてアメリカに慣れている兄が一緒だったおかげでした。
むこうでもたくさん友達ができました。音楽用語は大体分かるようになりましたが英語の力は行く前とあまり変わらないと思います。チェロもかなり譜読みができるようにはなりましたがソロの曲はあまり練習していなかったから伸びていないかもしれません。しかしオーケストラや室内楽など人とやることがとても楽しいことがわかりました。
このサマープログラムに参加できたおかげでこの夏休みはとても充実したものになりました。来年もぜひ参加したいと思っています。
AIU High School Diplomats
曽我部友紀
高等部2年
今年の夏、AIU High School Diplomats(以下HSD)というアメリカ短期留学奨学金プログラムに参加する機会に恵まれました。最初にこのプログラムについて少し紹介しておきます。HSDはAIU保険会社・フリーマン財団の後援のもと行われ今年で18年目になる歴史があります。このプログラムは@ワシントンD.C.・ニューヨークでのツアープログラムAバージニア州でのホームステイプログラムBプリンストン大学でのエクスチェンジプログラムの三部構成になっています。
作文・書類選考の一次、東京でのペーパーテスト・面接の二次に合格し、HSDに参加が決まり、とても嬉しく楽しみであった反面、それからは提出物の課題やプレゼンテーションの用意など色々と大変な部分もあり、楽しむだけのプログラムではないのだなと行く前から感じさせられました。
ツアープログラムでは国務省・国連・メトロポリタン美術館・日経新聞社ワシントン支局・自由の女神・AIG本社・テレビ東京NY支局などを訪問させて頂きました。印象に残っているのはグランドゼロを実際この目で見てきた事、国務省で職員の方からアメリカサイドからの日米関係の事など興味深い話を聞けた事、国連でいろいろ質問が出来た事、AIGビルでの偉い人たちとのお食事会でガチガチになりながらも一生懸命英語で話した事など、普通なら体験出来ないような事ばかりで貴重な体験でした。私はアメリカ本国へ行ったのは今回初めてだったので、アメリカの町並み、特にニューヨークでのツアーはなんとも刺激的でした。眠らない町と呼ばれるように活気溢れる素晴らしい町でしたが、その反面ゴミが多く汚い場所も多く貧富の差が垣間見られたりしました。又、ワシントンD.C.は首都ですし東京のような都会をイメージしていたのですが、なんだか想像とは違い、のどかな所でした。ワシントンD.C.のホテルでは火災(実際は違ったのですが)ベルが鳴りパジャマで避難するというスリリングな経験もしましたが、今となればこれもまぁ思い出かなと言った所です。
一番のメインであるプリンストン大学では本当に楽しい濃い夢のような10日間を過ごせました!アメリカの生徒と直に触れ合い、英語をたくさん使えたのもこの時期です。ルームメイトのAliは新体操をやっていて宙で回転できるスゴイ子!バレエやタップが上手な自慢のルームメイトでした。Aliは初めてこのHSDで日本に興味を持ってくれたようで嬉しいです。彼女とはこれからもずっと友達で居たいし次に再会するときには、奥深い話も出来るようにもっともっと英語力を高めたいという気持ちが一層強くなりました。
又、プリンストンでは毎日Hawaiian day, Rock star dayなどのテーマがあり、皆それにそった格好をして毎日の様々なプログラムを共に楽しみました。中でもDate nightでのアメリカの男の子のジェントルマンさには驚き、Halloweenでの仮装は皆ユニークで面白かったです。アメリカの生徒は皆何事にも全力投球で手を抜かず一生懸命でそれにつられて日本人もアメリカ風な良いノリを身に付けて一緒に汗水流しました。プリンストンでは生徒が色々披露する場が設けられていました。私の場合は、ルームメイトとタップダンスをした事、日本人とゴリエのダンスをした事、茶道をした事は良い思い出です。また日本を出発する前から準備をしていたプレゼンテーションも印象に残っています。GovernmentやLeisureやSchool lifeなど様々なトピックスがあり私のグループ(4人)はJapanese traditional cultureについて英語で約40分のプレゼンをしました。このプレゼンを通して私はあらためて日本の伝統文化が大好きになりました。又その魅力をすこしはアメリカ人生徒にも伝えられたかなと思っています。
HSDでは本当にたくさんのものを得ることが出来ました。やる気・夢・・・そして中でも大きかったのは、たくさんの素晴らしい仲間との出会いです。日本中から選出され集まってきた48人は皆個性豊かでこんなに尊敬できる仲間と出会えた事がホントに嬉しいです。またアメリカの生徒も同様いろんな人が集まって芸も多く学ぶ事も多々ありました。これからもkeep in touchでいけたら良いなと思います!
帰ってしばらくは、日本の暑さ・時差ぼけ・逆ホームシックに見舞われボケーとしていました。しかし、いつまでも思い出を引きずるだけではいけない!HSDでの体験をこれからに繋げていこうと思います。
最後に、このプログラムはとってもオススメです!高校2・3年対象に毎年募集があるので皆さんチャレンジしてみて下さい☆そして、今回紹介して下さった栗原先生を始めとする先生方ありがとうございました!
念願のTIPで過ごした夏
青木光理
高等部2年
TIPのサマースクールに参加することは入学当初からの夢だったので、このプログラムに参加できることが決まったときはすごくうれしかった。なぜならこのプログラムに参加するためにはSATという大きな壁を越えなければならなかったからだ。プログラムが実施されるカンザスに向かうため、日本を出発した時にはこれから始まる3週間のプログラムに対する不安と期待で頭の中はいっぱいだった。そんな私をよそに事件は起こった。カンザスに行くためにワシントンで飛行機を乗り換えなくてはいけなかったが乗るはずの飛行機のゲートは私がゲートについた2分前に閉まってしまったのだ。たったの2分の遅れも飛行機会社は待ってはくれなかった。それから5時間待って次の飛行機に乗ることになったが、結局その飛行機は空席がなく乗ることができなかった。困り果てた私を見かねて助けてくれたのが飛行機会社の優しいおじさんだった。大丈夫だからと何度も励ましてくれ、新しい飛行機のチケットを取ってくれた。そのチケットはもう一度シカゴに戻り、そこからカンザスに入るものだった。しかし、またまた問題発生。今度は風のせいで飛行機の出発が大幅に遅れた。そのおかげで結局カンザスに着いたのは夜中の12時。それでもプログラムのスタッフは空港まで迎えにきてくれていた。そして荷物がなくなっていた私のためにスタッフはブランケットとおなかを減らした私のためにサンドイッチを買ってきてくれた。やっとついたという安心感のおかげかこのとき食べたサンドイッチは最高においしかった。
それからの3週間は不安とは裏腹に楽しいことでいっぱいだった。英語で国際関係を学ぶことは始めてのことで戸惑うことが多かったが、先生や友達のおかげで楽しくすごすことができた。先生の質問の意味がわからなくても友達の答えを聞いて先生の質問の意味を理解することができ、自分の意見を言うこともできた。日本語で言いたいことがあってもなかなか英語でうまく説明できなくて悩んでいたときに、自分が発言したことに友達が共感してくれるとすごく自信につながった。私の先生はすごく陽気でいつもギターを片手に持ち歩き移動時間には歌をみんなで歌うことが日課だった。クラスの目標を決め、クラスの歌なども作った。他のクラスはそんなことをしていなかったが先生が好きだからだろうと思い、たいして疑問に思っていなかった。サマースクールも2週間が過ぎたころ先生は私たちをクラスの歌や目標によってみんなが団結するように操っていたとつげた。そして先生は私たちにどう思うか考えてくれと言って教室を出て行った。私たちは結構楽しんでいたので先生を怒りはしなかった。しかし先生を驚かせるためにみんなでランチの間中怒ったふりをしようと私たちは決めた。いつも一緒に食べていたクラスのメンバーがばらばらに座り、誰一人先生と口をきかなかった。そしてランチのあと先生を呼び出しみんなでクラスの歌を歌って仲直り。先生はびっくりしていたが、その夜もう一度私たちに本当にそれでいいのかと聞いた。そして君たちが怒らないことはうれしいが、それは君たちが操作されることになれているからだと強く言った。私はこのとき少し前に習ったヒットラーのことを考えた。ユダヤ人迫害のときヒットラーを支持していた人は知らないうちにヒットラーに操作され、行動しているときは自分たちが悪い人に操作されているとは気がついていないのかもしれない。第三者の立場にいれば、絶対ヒットラーのことなど信じないし、従わないといえるけど、ヒットラーがしたことのように悲惨なことを先生が私たちに教えていたらと思うとすごく怖くなった。そして友達は人を信じていいかわからなくなると涙をうかべながら怒っていた。私はこの授業で人を操作すること、操作されることはすごく簡単なことであり気づきにくいことを実感した。その後も私たちはクラスの歌を歌い続けたがみんなの心の中にはこの授業のことが刻み込まれていたと思う。私のように…。
そして学びの多かった3週間があっという間に過ぎ、また飛行機に乗って帰らなくてはいけない。そこでまたトラブルが起こった。飛行機の故障で飛行機が飛ぶのが大幅に遅れることを飛行場に行ってはじめて知った。しかし関空に直行する便があったので何とかそれに乗れるようにするために飛行場を歩き回ってやっと交渉成立。荷物はその日に届かなかったが、直行便だったためなんとか関西に予定よりもはやく到着することができた。本当に飛行機はトラブル続きだったが、その分3週間貴重な体験ができた。行くまでに大学側と連絡をとってくださった小野寺さん、栗原先生、そして飛行場で助けてくれたおじさん、授業中に助けてくれた先生、友達に感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。
The Hottest Summer in Toronto
渕口紗彩
高等部2年
"Everybody is like childhood friends." 私は今、台湾の友達とこんな会話をしている。わずか1ヶ月前まではお互い名前さえも知らなかった友達が、今では幼なじみのような存在である。
私は8月1日から8月22日まで、カナダのトロント大学主催の International English Summer Camp に参加していた。このキャンプは世界各国からteenagerが集まるEnglish campで、3週間の生活を寮で共にするというものである。
今回は日本・台湾・メキシコ・ロシア・イタリア・ドイツ・スペイン・イラン・サウジアラビア・中国・韓国・トルコ・香港から参加者が集まった。
平日は2時間の授業が昼食をはさんで2回あり、その後 afternoon activityとして美術館での絵画観賞、博物館での学習、テレビ局見学、オンタリオ州議事堂の見学、フィールドでのスポーツなどで夕食までを過ごし、夕食後は遊びを中心とした evening activity の野球観戦・ボーリング・ミニオリンピック・クルーズディスコパーティーなどで皆と盛り上がった。週末は近郊のナイアガラフォール・ワサガビーチ・ワンダーランド・センターアイランドへ出かけて一日を過ごした。とにかくactivityが盛りだくさんで授業も勿論のことだが、遊びを通してたくさんの人とたくさん話し,英語を学びあうprogramであった。
授業のレベルは beginner, intermediate, advanced にわかれており、canada, vocablary, grammar, speaking について学んだ。私は最初 intermediate に入ったけれど、「英語が完璧に理解出来るクラスよりも、60%から70%くらい理解出来るクラスが一番合っている」とアドバイスされ、途中から advanced に編入した。クラスでの課題は幸いにもSISの授業でやる課題と同じような内容で、ディベートやカナダに関するプレゼンテーションが多かった。その他授業では、それぞれの国のタブーやマナー・学校のシステムについてみんなで発表しあい、とても興味深いことをたくさん発見出来た。その中でも一つとても印象に残っていることがあるが、それはクラス中では絶えず誰かが発言していることであった。友達が発言していることに後押しされて私も発言をたくさんするようになった。最後には、授業のクラスにも友達がたくさん出来て本当に楽しいクラスであった。
evening activity が終わってからも門限までは、皆で residence の玄関の階段で他愛無いことを喋ったり、ゲームをしたり、プレゼンテーションの打ち合わせをしたり、時には喋り疲れていつの間にか部屋で寝ていたり、友達を驚かせようと仕組んだ誕生日会では朝までパーティーをした。毎日が本当に充実していて、いつもすぐ隣に友達がいて、いつも笑っていた。
思い返してみると、わずか3週間という短い間ではあったが、本当にたくさんの友達とコミュニケーションをとることが出来たと思う。話はどんどん膨らみ発展していった。皆の中で言葉遊びもとても流行った。イタリア語・ロシア語の巻き舌を皆で猛特訓したり、日本語・中国語の早口言葉や会話をお互い練習したり、教えあった言葉で挨拶をしたり・・・。私が友達の国の言葉で「ありがとう」とお礼を言い、友達がそれに答えて「どういたしまして」と言ってくれた時は本当に嬉しくて楽しくて何より気持ちが良かった。そんなコミュニケーションから友達の国のことをわずかではあるが知ることが出来た。
そして、このキャンプで得ることが出来た一番大きなコトは、以前までは名前しか知らなかった国々が身近になったことである。様々なバックグラウンドを持つ友達を通して、その友達が育ってきた色々な文化について特に興味を持った。知れば知るほど「知りたい」という思いが芽生えて、今まで知らなかった世界を知る。これがまた私に新しい「モノの見方」を教えてくれるだろう。私は、これを将来に繋げていきたい。
今年の夏、私の部屋に友達の居場所を書き込んだ世界地図が増えた。この地図を見るたびに、トロントで過ごした時間と、共に思い出を作った友達のことを思い出す。いつか友達に再会する日が楽しみでたまらない。
全日本ジュニアトライアスロン参戦記
永田悠太
高等部1年
7月31日早朝、天気は曇り。さえない天気の中、僕と父親は長良川へむけて出発した。目指すは第6回全日本ジュニアトライアスロン選手権長良川大会。僕の出場するクラス「ジュニアB」つまり20歳未満のエントリーは全部で約20人。南は沖縄、北は北海道からの参加者もいる。大会初日は、バイク車検、競技説明とセレモニー。ピリピリとした感じは今まで参加した大会と雰囲気が違う。
そして、レース当日。5時に起床、そして5時半に宿をチェックアウト。今日は試合だという緊張感を感じる。曇り空でさえない天気、おまけに風も強い。6時すぎ頃に会場に到着する。準備をしてストレッチをしながら7時からのボディチェックを待つ。ボディチェックでは、両肩と両脚にマジックで番号を書いてもらい、手首には計測用のバンドをはめ、スイムキャップをもらう。チェックを終え自転車をトランジットエリアに設置すると時間が来たのでスイムのウォームアップに向かう。川を眺めると流れとは逆向きにかなりの波が立っている。川に設置されている階段から川に入っていく。そこにはコケが生えていてずいぶんと滑る。恐ろしい。水は生ぬるい。とにかく泳いでみる。水中は濁っていて潜ると先がまったく見えない。波が高く泳ぎづらい。スイムコースは川を上って下っての一往復だが帰りがつらそうだ。ウォームアップを終えるとあとはスタートを待つのみ。緊張はじわじわと高まっていく。
選手の名前が順番にアナウンスされスタートラインに並んでいく。僕も名前が呼ばれ川に入り位置につく。浮きながらスタートを待つ。浮いているのは結構しんどい。午前8時、くぐもったピストルの音が鳴る。スタートだ。一斉にダッシュ。人にもまれ、ときたま蹴られる。まるでえさに群がる鯉のようだ。波に乗っているせいかぐんぐん進む。しばらくすると集団もばらけ、泳ぎやすくなる。結構上位にいる。いい調子だ。折り返し地点に差し掛かる。折り返したとたんに進まなくなる。波のせいだ。泳ぎにくい。途中何度か高い波が押し寄せる。体はシェイクされ、はちゃめちゃな気分になる。前方にフィニッシュらしきブイが見える。ぐるりと回りそこに足をつき階段を上っていく。滑りそうで本当に恐ろしい。ふと手首を見ると計測用のバンドがなくなっている。おそらく川で外れたのであろうが、審判に言う暇もないのでそのままトランジットエリアにむかう。僕はトランジットがのろい。次々に先を越される。せっかくの順位がパーになってしまった。しかし気を取り直しバイクに飛び乗る。速度はぐんぐん上がる。追い風だ。スピードメーターは50km/hを指している。しかし順位は一向に上がらない。やっと一人に追いつく。そしてすぐ折り返し。帰りは向かい風なので、風除けにさせてもらう。また一人に追いつく。三人の集団になって進んでいく。途中一人がへばり、二人になる。これで順位はひとつ上がった。また一人へばったと思い前に出る。しかし振り返るとピタッとくっついている。二周目に入る。コーナーの立ち上がりで抜かれる。しかし負けずとついていく。そして再び入れ替わる。横から一人、猛烈な勢いで追い抜いてゆく。速い。と思いきや再び前方に人影が見える。差はみるみる縮まる。オーバーテイク。折り返して向かい風。前方に何台か見えるものの差はまったく縮まらない。雨がぱらつきだす。冷たい。バイクフィニッシュのラインが見える。バイクを降りてトランジットエリアに走る。トランジットではやはりのろく、ぞろぞろと抜かれる。ランに突入。すぐ一人また一人と、ばしばし追い抜ける自分でも不思議だ。その上なぜか苦しくない。これがいわゆるランナーズハイというものなのか、それともペースが遅いだけなのか。よくわからないがとにかく進む。気が付けばもうすぐゴールだ。プログラムに書かれていた「ゴールではサングラスを外すのが礼儀」というフレーズを思い出し、それを外す。ついにゴール。緊張感はとけ、かわりに疲れが押し寄せてきた。結果は10位。目標にしていた10位以内にはなんとか入れた。やはり全国レベルとなると手強い輩ばかりである。トランジット等そういうところも詰めていかなければ勝てない。しかし自分の実力を知ることができたことはよかった。これからは自分に自信が持てると思う。
こうして長良川での戦いは幕を閉じた。心残りなことはただ一つ、天気が悪かったということだけである。
(追記) ここに書けなかった大会初日の様子は大阪府トライアスロン協会のHP内「TRIレポート」のコーナーに掲載されています。ぜひごらんください。
http://www.osaka-triathlon.comニュージーランドでのたくさんの体験
左海美鈴
高等部1年
私はこの夏、箕面市の高校生派遣で17日間、姉妹都市のハット市(ニュージーランド)に行って来ました。6月に選考された後、一緒に行った他の4人と事前研修もしましたがあまり話をする時間がなかったため、仲良くなりたかったのに充分に仲良くなれないままニュージーランドに行くことになってしまい、この調子で派遣中上手くやっていけるのかなと少し不安でした。
私たちは首都のウェリントン近郊で、人口も雰囲気も箕面市とよく似たハット市でそれぞれホームステイをしました。今回の派遣は、私にとって2年連続の南半球での滞在でした。去年すでに3週間オーストラリアでホームステイしていたおかげか、ワクワクはしたものの緊張はあまりしませんでした。そしてハット市が箕面市に似ていたため、緊張よりもむしろ少しほっとしました。着いた翌日にはアザラシを保護するために海岸で数を数えるボランティア活動の予定が入っていて、その後もほぼ毎日老人ホームやプレイセンターの訪問等のボランティアや観光などでスケジュールがいっぱいいっぱいでした。そのためホストファミリーと1日中一緒に過せたのはたったの1日だけでしたが、ファミリーはすごく優しくて、すぐに仲良くなって夜だけでもと言ってスーパーなどに買い物に連れて行ってくれて楽しかったです。観光などのときもファミリーも参加できる日は来てくれました。雄大な自然の中で足のすくむような高いところでの綱渡りは風があり寒くて、足が震えて落ちそうで怖かったけど、ファミリーとの一番の思い出です。
5日間行った学校ではたくさんの人と仲良くなり、友達が増えました。授業はホストスチューデントのクラスだけでなく、彼女の友達のクラスにも行きいろんな授業に参加できたので日本との違いなどを感じられてよかったです。先生方も優しくてマオリ語で歓迎の言葉を言ってくれたり、校長先生から記念のお土産を貰ったりしました。私はそんなにも歓迎されていたのですごくうれしかったです。
ミュージアムや歴史博物館では、それまで全くといってもいいほど知らなかったニュージーランドの歴史や環境についていろいろ学べて、勉強にも自分のためにもなったと思います。そして、かなり内容が難しかったけど国会議事堂では議会を見られてニュージーランドで今起こっている問題などの討論を聞けて、日本ではこんなことができる機会が滅多にないのですごくいい体験ができました。
またニュージーランドの先住民、マオリ民族の文化紹介ということで食べ物を作るのを手伝ったり、マオリ語の歌を歌ったりしました。マオリの伝統的な食べ物、ハンギhangiを作ったときはとにかくジャガイモやサツマイモの皮を剥き続けて、剥き終わったころには剥かれたおいもの山と皮の山ができていました。かなりの量だったのでさすがに疲れてしまいましたが、あれだけのおいもを一度に剥くのは一生に一度あるかないかのことだからそれはそれでよかったかな、と思います。
今度は私たちがホストファミリーたちに日本の文化を紹介するということで日本の食べ物を2度作りました。が、予定外だったので借りられたキッチンにはおなべもガスもオーブンもなく、1度目のお好み焼きの時は小さなホットプレートを借りられたのですが、2度目のプリンの時はそれもなく加熱するには電子レンジを使うしかありませんでした。しかも、そこでお好み焼きを焼いていて火災報知機を作動させてしまったり、プリンに使おうと思った容器がプラスチックだったので溶けたりしてしまい大騒ぎになりながらも何とか切り抜けました。その度にどんどん5人の気持ちが通じて協力しあうようになったように思います。すごく大変だったけどみんながおいしいと言って食べてくれた時は本当に嬉しかったし、いろいろたりない中がんばってよかったと思いました。
派遣されるときに決めた研究テーマについてニュージーランドでも行く前の1ヶ月にもいろいろ調べたり、ホストファミリーや学校の人たちにインタビューしたりしました。聞くときは少し緊張してドキドキしたけど、こんなことができたのは実際に行きこの人たちに会い知り合ったからで、もしニュージーランドに行けていなければ直接意見を聞くチャンスなんてほとんど全くなかっただろうし、あんな素敵な人たちと会えることもなかったと思うのですごくいい経験になりました。
ただ一つ大変だったことはスケジュールがぎっしりですごく忙しかったことです。そのため毎日毎日夜になると疲れてしまっていました。でもたくさんの人たちのおかげで短期間の中でもいろんなところにいって、いろんな経験をすることができ、新しい『家族』や友達ができて、とても充実した17日間になりました。
★留学報告
一年間の米国留学
宮村麻理
高等部3年
異国で生活をおくるというのは、自分が考えていた事よりもはるかに厳しく、その現実に思い知らされました。今振り返ってみれば、一年間というのはすごく短く感じるが、留学中には嶋齡N間はなんでこんなに長いのだろう狽ニ思った時もありました。私はこの留学体験により、今までの考え方を覆してしまうほど、大きな影響を与えられました。
2003年の夏、私はAFS(交換留学プログラム)生の一人としてアメリカのCaliforniaに行きました。鼎aliforniaといえば、海岸沿いの道をローラーブレードでかけ走り、綺麗な海でsurfing!狽ニいう、Los Angelsなどの都会をイメージしていたため、期待と嬉しさいっぱいでした。しかし私のhome-stay先は、食事やshoppingに行くのにも車で45分以上走らないといけない素朴な街でした。それでも、涛c舎の方が日本人もいないから英語の上達が早くなる!狽ニ気を持ち直し、host-familyになって頂いたJohnson familyにとても歓迎してもらいました。
行った直後は夏休み最中だったのでとても暇で仕方がありませんでしたが、学校が始まってからは、日本人だという珍しさに、他のAFS生よりも早く多くの友達ができ、週末は遊びに誘われるなどとても楽しく過ごすことができました。しかし2,3ヵ月もすると、とにかく私には難しすぎる英語の授業、たくさんの宿題、友達の会話を聞き取れない苛立ち、familyと上手くいかない生活、日本ではできる事がアメリカではできないなどという疲れが徐々に溜まっていきました。あまりにも厳しい現実に、私はついに弱音を吐いてしまいました。そこで一度、帰国するかどうかの問題になったのですが、その事から、泣きながら「帰らないで」と言ってくれる友達もいるということに気づき、結局family changeだけしていただき、次はFilipinoのMislang familyと一緒に過ごしました。しかしその後も変化のない状況、私の気持ちの弱さ、そこでの生活がどうしても合わないなどという理由から、AFSを脱退してAlabamaにいる母と妹と共に暮らす事にしました。
結果的に、Alabamaに移った事は私にはプラスになりました。来た当時は、私は唐烽、学校に通いたくないな狽ニ思っていましたが、そういう訳にもいかず、痘F達がいなくても、今は家族が近くにいるから大丈夫狽ニ思い直し、通学し始めました。こちらの学校はCAの学校ととても異なり、生徒は3000人いる大きな学校で、黒人も多く、アジア人も多少いました。ALと言えばやはり南米英語独特のなまりです。半年近くCAで暮らした私も、ある程度友達の英語を聞き取る事ができるようになったのですが、その学校に行った直後は、みんなの話を聞き取るのがとても難しく、特に黒人の言葉は悼ス語で話してるんだ、この子は?狽ニ思うほどでした。しかしそれも、1週間耳にしていれば慣れるものです(黒人のなまりは強力で、帰国間近でもわかりにくかったのですが)。一番に猛烈な勢いで話しかけてくれた中国人のJennyは、私のことをとても気に入ってくれたらしく、私達はとても仲の良い友達になりました。やはりアジア人同士気持ちが通じるのでしょうか、彼女とは日本語を話している様にスラスラと会話をして笑い合うことができました。そしてJennyの友達が私の友達になったり、他のクラスの子達が話しかけてくれたりなど、私は毎日学校に行って友達と話すのがとても楽しみになりました。そしてALでの半年間も終わり、多くの事を体験した私は、何か幸せな、新しい気持ちで日本に帰国しました。
ところで、CAでの暮らしでマイナス思考になった私を立ち直らせてくれたのは私の家族と友達でした。何通ものメールを送って支えてくれた父と兄、ALで毎日優しく楽しく接してくれた母と妹、そしてたくさんの手紙で励ましてくれた友達の聖子、知佳、愛子、善愛、奈美のおかげです。この留学によって、家族・友達が私にとってどれだけ大切な存在かを知りました。自分の弱さも、そしてまたやれば絶対にできる自分がいるということもわかりました。この貴重な体験ができた一年間を私はずっと忘れません。
最後になりますが、host-familyとなって頂いたJohnson familyとMislang family, AFSスタッフ、馬場先生、栗原先生、私と仲良くなってくれたみんな、日本の友達、そして何より私の家族に、心から感謝したいと思います。ありがとうございました。
ウェールズに留学
浅原杏咲
高等部2年
去年8月から今年の6月までイギリスのウェールズに留学していました。私は始めの頃England の英語が習いたかったため Wales に派遣されたことに大きな不満があったり乗馬がしたいという理由でイギリスを選んだのになかなか場所が見つからなかったり日本に帰りたかったり本当に始めの2,3ヶ月はつらかったです。けど同じ留学生の友達やSISの友達が励ましてくれてプラス思考に考えられるようになりました。メールを送ってくれる人、学校の勉強も忙しいのに手紙や写真を送ってくれる人、中には駄菓子を送ってくれる人や私が好きそうな日本のCDを送ってくれる人などがいて本当にうれしかったです。その時担任だった新見先生もクラスの写真を送ってくださったりや行事などがあればメールを送ってくださったりしていただきました。家族も心配して電話をかけてくれたりたくさんの日本食を送ってくれたりこの一年本当に数多くの人たちに支えられました。
ホストファミリーは Mother, Father, Layla(22), Nadia(19), Eamon(16), Joshua(12), Sally(8)でした。上のホストシスター二人はもうすでに子供もいて家を出ていましたがとてもにぎやかな家でした。MotherはFatherよりも大黒柱って感じでとても強く家族のことを第一に考えている人で、Fatherは車や釣りが好きでとにかくやさしくジョークをよくする人、Laylaは二人も子供がいてとってもいいお母さんでたまに乗馬も一緒にいったりしていました。NadiaはHair Dresserだったので髪を切ってくれたり染めてくれたりきれいに編んでくれたりして今年の9月に赤ちゃんが生まれる予定です。Eamonは同い年でいろんな友達を紹介してくれて共通の友達が多く一緒に遊びにいったりして、JoshuaはWalesで一番popularなスポーツラグビーがすごく得意でWalesの中でも上位にはいっていてたまにリモコンを譲らなかったりしたらタックルされたり本当に力では勝てませんでしたが根はとても人思いのいい子で、Sallyは一緒に近くのshopにお菓子をよく買いにいったり一緒にお留守番をしていたり部屋で一緒に寝たりなにかと一緒にいることが多くすごくなついてくれて小さくてとても頭のいいかわいい子です。この家族は子供たちの友達の出入りが激しくにぎやかすぎたりペアレンツが途中で離婚しそうになったり問題は多くありましたが結局はこのホストファミリーで本当によかったなと思いました。
私は、家から少し離れたGowerton Schoolに通っていました。先生はみんなとてもやさしく授業も結構楽しんでできました。私は、6formというひとつ上の学年でGeography, Maths, Englishを受けていたので学校ではひとつ上の友達が多かったです。Freeの時間にしゃべったり一緒に勉強したり学校のあとに友達の家にいったりテスト期間が終われば遊びに行ったりしていました。また、一つ下の学年とFrenchを受けていてみんなしゃべりかけてくれてとてもにぎやかな楽しい授業でした。他にも international cafe に行きいろんな国の人と仲良くなったり、家の近くの道を歩いていて「あの家族と一緒に住んでいる子だよね?」、「中国人?日本人?」など声をかけられたりしてそこから仲良くなったり、さっき言ったように同い年のブラザーの影響もあり近くの学校に友達が多かったりしました。学校では一つ上と下の友達、近くには同い年の友達が多かったりしいろんな年齢の友達がいました。
文化の違いとしてあっちの人は学年問わず結構仲良いというのを感じました。日本と違うとこといえば、私はバスをたいてい利用していたのですが10分ぐらい遅れてくるのが普通でちょうどに来た時には感動しました。あと洗った食器は洗剤を流さずたいていどこの家でも洗い流さず乾かす。お風呂とトイレが一緒。私のステイ先は家族が多かったのでお風呂も一回もゆっくり入れずいつもあせっていました。
私は、最後の三ヶ月乗馬をするところがやっと見つかりました。自転車で山を20-30分登ったとこにある小さなfarmで乗っていました。好きなだけ好きなところで乗ってよくて乗馬を始めてからは暇があればいつも行っていました。一人で馬に乗って山のてっぺんまで行き自分の住んでいる町や海などが見えたり羊がすぐそこにいたりイギリスらしい風景がとてもきれいでした。乗馬の人たちがイギリスで一番大きい馬のshow, Badminton Race や 馬のオークションみたいなのに連れて行ってくれて最後の三ヶ月は自分の好きなことができてとても充実していました。
私はイギリスに行きイギリスのよさも知り日本を離れて日本のよさもたくさん知り、この留学した一年は人生で一番大変な一年でもありましたが一番いろいろなものを得た一年だったことに気づきました。本当にイギリスに行けてよかったと思います。行かせてくれた親、支えてくれた友達や先生方に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
★ただいま留学中・・・
菅野もえか
高等部1年
1月の末から日本を離れて早、半年が過ぎました。私は今、オーストラリアのパースに一年の留学できています。パースはオーストラリアの西海岸にある街です。1月28日の正午、私は初めてパースという地に足を踏み入れました。飛行機の中では日本を離れた悲しさ、そして新しい学校への不安など色々な感情がこみ上げてきました。しかしそれと同時にそんな不安などかき消してしまうほどの新しい環境への期待が私の心の中でどんどん大きくなっていきました。
私が今通っている学校はSt. Brigid痴 College という私立のミッション系の女子校です。もちろん制服もありすべて指定の物で規則もたくさんあり、SISとは正反対と言って良いほど違いがたくさんあります。はじめ学校を決める時、私に女子校なんて絶対合わないとあまり真剣に考えていなかったのですが、いざ決めるとなるとどうしてもこの学校をはずすことは出来ませんでした。どうせ留学するならSISでは体験できないような事をしてみたかったからです。あと、単純にお嬢様学校という言葉に引かれたのも少しありました。(笑)
この学校には寮もあるので普段はこの寮で生活しています。寮には私のように海外から来ている人も何人かいます。しかしほとんどの人がオーストラリアの田舎のほうから来ているFarmerの子です。だからLong weekendの時などに寮の友達の家にお泊まりに行くと本当にファームステイをしているようです。朝から馬にえさをあげて馬小屋を掃除したり、馬に乗って隣の牧場にいる羊たちにえさをあげに行ったりしました。寮は全部で4つあり、各棟にだいたい30人ほどが住んでいて私と同じ10年生はだいたい25人ほどいます。部屋は一人部屋で少し狭いですが過ごしやすいです。
学校は8時40分から朝のホームルームが始まり9時から40分間授業がはじまります。その後に70分授業があり、20分間の休憩があります。そしてまた40分と70分の授業が終わると1時にやっとランチです。40分間のランチが終わると最後にまた40分70分の授業で終わりです。初めは70分の授業がいつもと10分しか違わないのにとても長く感じて、最後の授業が終わるころにはもう疲れ果てていました。
初めは友達ができるかとても心配でしたが、みんなとてもやさしくて親切なのですぐに仲良くなるとこができました。友達の中には、学校の隣に住んでいる子から飛行機で1時間、そしてさらにそこから車で5時間もかかる所に住んでいる寮の子までいます。そしてアボリジニの子もいます。しかし長い時間一緒にいるせいか、やはり寮の友達が多いです。週末には、よく寮の友達とCITYに買い物に行ったりします。寮には絶対5時までに戻らないといけないという決まりがあるのであまり長い時間は遊べません。そして毎週土曜日には、夕方の5時から教会へ行かないといけません。長い間話を聞くのはとても疲れるけど、英語の勉強や、社会勉強にもなるので色々な面で自分のためには良い事だと思います。
最後になりましたが、私が留学するにあたってお世話になった先生方、こんなにすばらしい機会をくれ、協力してくれている両親にとても感謝しています。特に小学校時代の恩師であるJAMES先生御一家には当地で大変お世話になっています。困った事があったり、連れて行って欲しいところがあったりしたときは週末にJAMES先生の家に泊まりに行かせてもらいます。みんなが私の留学生活がうまくいくように助けてくれているんだな、と感謝しています。期待を裏切らないように精一杯がんばりたいと思います。そして、この1年間は私の人生でとても大事な思い出になると思います。
★バイリンガリズム通信
コードスイッチングについて
-6 Alternation : 母体言語(ML)の交替
難波和彦
英語科
今までの連載で、バイリンガルの人同士が話をするときには、二つの言語をミックスして話をするコードスイッチング(CS)がよく見られるが、二つの言語の比重は全く同じではなく、片方が母体言語(Matrix Language=ML)となり、そこにもう一方の言語が挿入される(Embedded Language=EL)というMLFモデルの考え方を紹介してきました。次のような例は、MLFモデルで説明ができます。[例1]“やっぱりIdahoといえばpotatoesだよね” [OIS卒業生のeメールデータより] これは、日本語がMLで文の枠組みを作っていて、そこに英語がELとして挿入されています。”Idaho”, “potatoes”のような名詞は、CSの中に最もよく挿入されるものです。(*1)しかし、次のような例はどちらがMLで、どちらがELということがはっきり言えるでしょうか?[例2] “I want to be ゴールキーパーになりたい”[5歳の子供のデータ], [例3] “This was possible because Mrs. Osako先生がいたからこそ” [SIS 11年生のデータ], [例4] “ but the second one wasなんかつまんなかった”[SIS12年生のデータ]。どれも、英語で始まって、日本語で終わるというパターンです。英語の視点からみると、英語がMLでそこに日本語が挿入されているように見えます。英語は、主語+動詞+αというのが基本的な形であって、文の最初のほうで文法的枠組みをつくります。否定文とか、疑問文とか言うことは、文の最初のほうでわかります。ところが、日本語の視点から見ると、日本語がMLのように見えるのです。日本語は、主語が必ずしも必須ではなくて(動詞も)、文法的枠組みで大事な部分は、文の最後にきます。否定文とか疑問文は、日本語では文の最後でわかります。また、各例文をよく見てみると、“want to be”と“なりたい” [例2]のように、同じ意味のことを二つの言語で繰り返している現象が見られます。“because” と “から”[例3], “was”と“った”(過去を表す語)[例4]も同じことが言えます。こういう現象をdoublingと呼びます。Muyskenというオランダの言語学者は、いろんな言語のCSの研究をまとめて見て、CSは常に同じメカニズムで起こっていると考えるよりも、大きく3つにそのパターンを分けることができると主張しています。1) MLFモデルのように、母体になる言語あり、そこに他の言語が “挿入=insertion” されるパターン, 2) 二つの言語がある部分で“交替=alternation“しているパターン(母体言語そのものが切り替わっているというべき)、3) 二つの言語の文法的枠組みが非常に似ていて、いろんなところで、切り替えが行われるパターン(これは日本語と英語のCSにはあてはまらないと考えられる)があり、上で見た例2,3,4のCSは“挿入”よりも“交替”パターンとしてみるほうが、よりわかりやすそうです。Muyskenはdoubling の現象も “交替”パターンの特徴だといっています。doublingが起こるということは、二つの言語が、どちらかに頼るのではなくて、独立していることを示唆しているからでしょう。さらに言うと、この “挿入”パターンと“交替”パターンが、同じ文の中で組み合わされて使われている、とみることもできます。井藤先生の記事の中にあった例文、[例5]“っていうかdid you do your 授業選択”[SIS12年生のデータ]この例の場合は、“っていうか”と“did you do your [ ]”の間では、日本語から英語への “交替” が起こっていて、英語MLの内部には、 日本語の“授業選択”がELとして “挿入” されている、と見ることができます。
“交替”しているポイントを “/ ”, “挿入”されている部分を “[ ]”で書き表してみると、例5は次のようになります。“っていうか/did you do your [授業選択]” 。もうひとつ同じ記事にあったCSパターンをみてみましょう。[例6]“So if I [批判する] about [受験]、then I’m [批判してる] about this, So it’s kind of in a hard position / ね” この例の前半部分は頻繁に英語と日本語が切り替わっていますが、あくまでも母体言語(ML)は英語で、そこに名詞や動詞といった “内容語” が挿入されています。後半部分は、英語のあとに、日本語の終助詞 “ね”来ています。わずかに一文字だけのことばなので、日本語が “挿入”されていると、かたづけてしまうことができそうです。しかし、この “ね”は、英語で言うなら、 “isn’t it?”つまり付加疑問文のような役目をしていて(アメリカ英語なら, “right?”)、話し相手に同意を求める、などの機能を持っています。(「ね」の機能については、日本語科の谷川先生が詳しい研究論文を書かれています)日本語と英語のCSについて書かれた本にも、このように英語の後に終助詞をつけるパターンはよくみられます。[例7] She’s the one that borrowed it ね [例8] I guess it’s good よね [例9] They look beautiful でしょ[西村1997] 次の例も似たようなパターンです。[例10]but it would really be great to meet up together again /だよね, [例11 ]“でも/ it will be a?[いい]break/?かな?ともにOIS 卒業生のeメールより] このような話し相手に対して同意を求めたり、質問をしたりするような日本語の終助詞は、英語の文の“外側”につけられるので英語の中にとりこまれる “挿入”でなく, “交替”だと考えたほうがよさそうです。CSのメカニズムについては、まだまだわからないところが多いのですが、ひとつの理論だけで、全てを説明するというのではなくて、今回紹介したように、大きく “挿入”パターン、“交替”パターンというようにまず分類して、それぞれに違ったメカニズムが働いていると考えるほうが、わかりやすそうです。
★学年だより
●中等部1年生
本格的に走り出す秋学期
難波和彦
3組担任、英語科
7年生のみんなは、初めての長い夏休みを過ごし、元気に学校へ帰ってきました。夏休みには、海外に短期留学した人もいるようですが、いい過ごし方ができたでしょうか。僕自身は、イギリスに家族で里帰りをしていました。大学に行って勉強をしたり、発表をしたりしていました。発表のときは、イギリス以外にも、スウェーデン、ギリシャなどヨーロッパのいろんな国の人が参加していて、日本人は一人だったのですが、英語を共通語として、ちがった国の人々と話をするのは、おもしろいことでした。また、ふだんは先生をしていますが、このときは生徒の立場にもどるので、生徒の気持ちになるというか、生徒の目から先生がどのようにうつるのか、どんなふうな教え方がわかりやすいのか、といったことが見えてきて興味深いです。
春学期は、学校になじむための期間だったわけで、学園祭・キャンプといろんな行事を経験するごとに、他の学年の人との交流も深まり、SISでの生活にも慣れてきたことだと思います。秋学期は、本格的に走り出す期間です。クラブ活動をまた新たに始めた人も多いようです。Sports Dayという学校に入って初めてのイベントがありますが、今は学年で委員会を作って応援の仕方などの相談をしています。OIS7年生との合同チームを作るので、一緒に取り組み、協力しながら盛り上がっていってくれればいいなと思っています。
●中等部2年生
白い歯
水口 香
2組担任、英語科
真っ黒に日焼けした顔に真っ白な歯が光る、元気いっぱいの生徒たちが学校に帰ってきた。何といっても夏休みは楽しいもの。休みが始まる前は、どうやって毎日を過ごそうかと迷うくらいたくさん時間があるように思うが、いろいろなことをしているうちにあっという間に終わってしまう。生徒の健康的な顔を見ていると、それぞれ充実した夏休みを過ごしていたことがわかる。
私にも生徒と同じように、熱い夏があった。一番記憶に残っているのは、冒険旅行に出かけた中学校3年生の夏休み。家(高槻市)から日本海の福井県小浜市まで、5日間歩いた。ゴールは海。山越え、村越え、一日平均30km歩いた。宿には泊まらず道端で野宿、食飯盒炊爨して食べた。お陰でいろんな人と出会うことができた。集落の人や警官が声をかけてくれたり、新聞社が取材にきたりした。目的の海が見えた時のことは今でも同じくらい熱く感じることができる。海はまだかまだかとトンネルを歩いていると、いきなり正面に海が見えた。急にエネルギーが湧いて、海めがけて一目散にかけて行った。目的を達成するとそのまま砂浜で3時間ほど寝入ってしまった。いい疲れに包まれていた。
随分昔のことだが、生徒の白い歯を見ていると遠い記憶がよみがえってきた。生徒からの大きなプレゼントだ。ありがとう。
●中等部3年生
本格始動
野島大輔
3組担任、社会科
9年生の夏は、何事も大きく広がる時ですね。夏休みの過ごし方についての報告を見ると、それぞれの生徒がそれぞれの目標を見つけて、力強く歩み始めた様子がわかります。ホームステイで様々な体験をしてきた人、映画鑑賞や読書に徹底して打ち込めた人、スポーツをして体を鍛えた人、大きな意味で将来への礎を築いた季節だったと思います。
9年生では、SIS恒例の10月末の学年旅行の企画が9月から始まっています。各クラスから旅行委員が選ばれ、本欄執筆現在、夏休みの棟h題狽セった個人作成のプランの束から、行き先選びをスタートさせたところです。近畿近隣の範囲で、予算は2万円以内にまとめる予定です。保護者の方々のご支援をよろしくお願い致します。
また、スポーツデイでは、高等部の先輩たちにどこまで迫った優勝争いができるか、力試しの機会。卒業式の準備・企画の委員も選ばれ、中等部最後の年の彩りを、自分たちの力で築いていけるよう、トライします。
このように、様々なチャレンジが本格始動しています。諸先輩が創り上げてきたSISならではの痘ヌさ狽、受け継いで行くことが、今9年生たちに期待されています。
●高等部1年生
中高一貫校に高校から入学しました
中村亮介
3組担任、社会科
9月からも10年生に新しいメンバーが6名加わりました。8年生から12年生まで入れると、18名の新しいメンバーがSISの生徒として新しい学園生活を踏み出しました。期待と不安を胸にこの学校に入ってきたと思います。
僕自身も中高一貫校に高校から入学しました。母校はこことは違い、内部進学生が少なかったと言う事もありましたが、とにかく高校に入ったら「何か打ち込めるクラブに入ろうと!」と思っていました。中学はあまりクラブ活動が盛んなところではなかったので。
スポーツ系、文化系、色々なクラブを見学に行きました。小学校の時から剣道をしていたので、剣道部も考えました。陸上部の顧問の先生にも声をかけられ「投てきをやらないか?」お誘いを受けました(アテネで室伏選手がやっていたようなやつです)。写真が好きだったので写真部ものぞきました。クラブとは別にクラスから代表を出さなければいけない「委員会」活動もあり、放送関係にも興味があったので放送委員会にも顔を出しました。
その中で、色々なクラブにお邪魔して先輩と話したり、同級生と知り合ったりと、入学からしばらくの間はそんな感じで時間が過ぎていきました。と同時に、気が付くと友達、先輩が増え、学校にも慣れている自分に気が付きました。その時に内部進学してきた先輩から「お前はもう、何年もこの学校にいるみたいだな。」と言われた時はちょっと、嬉しかったです。
まあ、自分のペースややりたいことを見つけて学園生活を送っていくうちに、知らない間に気が付いたら「学校にもう何年もいるやつ」みたいになっているかもしれませんよ。
学園生活をつまらなくするも、楽しくするも君次第です。
結局、僕は放送委員会にのめりこみ、高校3年の時に制作したビデオ作品が文部大臣賞等、幾つかの賞を貰える事になったり、アメリカに1年間の留学に行くチャンスを貰ったりと、それなりに充実した高校生活を送ることができました。
●高等部2年生
生徒の、生徒による、生徒のための旅行
福島浩介
3組担任、国語科
今高校二年生は、学年旅行の行き先決めが佳境に入っていますね。中三、高二で行う学年旅行は、本学園の特色のひとつだと思います。
今の形の中学校三年次の旅行が最初に行われたのは、94年だったと記憶しています。生徒たちの強い希望で学年主任だった田中守先生と私が、当時の校長だった藤澤先生と交渉を重ね、生徒たちの強い意欲もあり実現しました。第一回目は、なんと、岡山駅に午後4時に集合することが決まっていて、そこまでは各グループが計画を立て、途中いろいろなリサーチをしながらやってくるというものでした。考えてみればすごい話ですが、それを実現してしまった生徒諸君と、学校というのは誇るべきだと思います。
私は、高等部の学年旅行は、この学校での教師生活14年のうち、計画立案には四度ほど立ち会ったのですが、なぜか、旅行自体には一度しか行っていません。しかし、まあ、この学年旅行は、計画立案の部分がとても大切であるし、勉強になると思っていますので、それはそれでいいかなとも思います。一年以上をかけて、行く先から決めるというプロセスは、自分たちのうちで如何に意思を統一するか、自分たちの希望と周囲の条件をいかに摺り合わせていくか、外部との交渉、保護者の皆さんに納得してスポンサーしてもらうための交渉(笑)など、いくつもの手順を踏んで、たくさんのことを学びます。教師としては、ハラハラしながら見守るわけで、大変といえば大変なんですが、この「伝統」を伝えていかねばと強く思うわけです。生徒の、生徒による、生徒のための旅行。どこかで聞いたことのあるフレーズですが、これから先もずっと受け継がれていってほしいと思います。
●高等部3年生
12年生にあらためてエールを送ります
井藤真由美
1組担任、英語科
ついに秋が来ましたね。自由登校の冬学期をのこし、実質「最後の学期」が始まりました。9月1日、久しぶりの登校に笑顔があふれる元気いっぱいの初日。この日、私はみんなの顔を見ていると、みんなの「やりたいと思っている将来の仕事」をしている将来の姿がくっきりと想像され、あらためて、自分の進むべき進路に向かってがんばっている今のみんなにエールを送りたい気持ちになりました。
個人的な話になりますが、この夏、私は以前勤めていた学校で3年間担任を持って送り出した人たちから、大、小あわせ4つの同窓会に招かれました。卒業して18年になる人たちとこのように、しかも同じ年にこのように重なったのはまったくの偶然で、その偶然のすごさに驚き、また、なかには今でも頻繁に連絡をくれる人もいるものの、会うというのは久しぶりのことでした。卒業式以来の18年ぶりという人も何人もいました。
高校時代から「将来自分は○○になる!」と宣言して、見事にその道を極めている人。高校時代の予定から紆余曲折はあったものの新たに選んだ道でがんばっている人。考えていたとおりの道に進んだけれど何かあわないなあと思い、でも家族のためにがんばてるよ〜という人。30代の大人になっていたけれど、少し話をしただけであっという間に高校時代の顔に戻るのが不思議でした。
このような機会が夏の終わりに続けてあったものですから、9月1日にみんなの顔を見ているとなんだか変な錯覚にとらわれてしまい、みんなの18年後の姿が重なって見えるようでした。今年の夏が私にとってこのようなうれしい偶然の重なる夏であったのは、私が今年教員生活2度目の高校三年生担任をしているためだろうか、などと、運命論者ではないつもりだけど、そんなことを思いました。
さて、12年生の今日この頃について。去年の今頃は「進路のことを考えるのはいやだ。さびしくなる。おとなになりたくない。」などと言っていた人も、今ではそんなことを言っていたこともうそのように、自信に満ちて自分の将来への展望を持って、日々の生活、受験の準備にがんばっています。夏休みにも多くの人が学校の「自習室」にも来ていましたし、または、家やその他の施設でがんばっていましたね。この原稿を書いている新学期一週間目は、新学期の興奮状態も徐々に落ち着き、お互いに励ましあい刺激しあいながらがんばっていこう、という雰囲気が高まり始めています。自分たちの学習環境についての話し合いも進んでいます。これから卒業に向けての時期、まだまだ厳しい現実が待っているでしょうが、どうか自分(Self)へ、そして他人(Others)へのリスペクトを忘れずにいきましょう。受験の方法が多様化し、またSISでは、それぞれに自分らしさを追及して将来の方向を定めているため、受験への準備の仕方や、受験の時期が個人個人で大変違います。最後まで、いろんな立場の人の状況を理解し会える仲間集団でいてほしいと思います。
進路のこと以外にも、スポーツディに向けて、卒業に向けて、学年の中で小さな委員会が発足し、動きはじめています。クラス代表の人たちもこの学期は学年での活動の最後の締めくくりをリードしてくれます。さあ、がんばりましょう、秋学期。
最後になりましたが、イギリスから帰国編入の塩谷優子さんが仲間に加わりました。また、宮村麻理さんが一年間のアメリカ留学から帰国し、これでYear of 2005全員集合です。
★英検1級に3名、国連英検A級に1名合格
水口 香
英語科
9月10日までに報告があった各種英語試験の結果をお知らせいたします。今回は英語検定試験1級にG12バニヤン・ジェームズ君、G9松原由佳さん、杉原翔君が合格しました。また国連英検A級に柴田理人君がみごと合格しました。おめでとうございました。今後もがんばってください。
2004年度第1回英語検定試験
1級 G12 バニヤン・ジェームズ、G9
松原由佳、杉原 翔
準1級 4名(OIS 1名含む)
2級 11名
準2級 2名(OIS 1名含む)
国連英検 A級 柴田理人
★<卒業生短信>
広瀬雅人(2001年卒、8期生、筑波大学生物学類在学中)
現在は研究の傍ら、一方ではオーケストラでチェロを弾き、他方では月に2回ほど狂言の稽古に通っています。2005年4月からは、北海道大学大学院理学研究科生物科学専攻に進学することになりました。高校時代に学校の隣の池で出会ったコケムシという動物について、今まで以上に充実した研究を行っていきたいと思っています。 2004.9.24.
西本明美(2001年卒、8期生、東北大学薬学部在学中)
2005年4月より大阪大学大学院医学系研究科修士課程に進学する事が決まりました。入学後、高校時代からずっとしたかった筋ジストロフィーの研究ができそうです。因みに、中学高校と続けたボランティアクラブは大学でも続いており、研究室に入ってからは回数は減りましたが、国立西多賀病院の筋ジストロフィー患者さん達のいる病棟に行っています。2004.8.31.
★しっかり噛(か)んでいますか?
弥永千穂
保健室
みなさんはひと口食べる時に何回かんでいるでしょうか?もしひと口30回以上かんでいたら合格!それ以下はちょっと気をつけなくてはいけません。食事に時間がとれない、やわらかいものが好きな場合は食べ物をしっかりかまず飲みこんでいるだけかもしれません。かむということは食べ物を細かくするだけではないって知っていますか?しっかりかむことは健康を保つことにもつながっています。たとえば@肥満予防:しっかりかみ、時間をかけて食べることでお腹いっぱいのサインがわかります。しっかりかまずに食べているとお腹いっぱいになっていることに気づかずどんどん食べてしまいます。あとでしまった食べ過ぎ…、なんてことに。しっかりかめば食べ過ぎを防げます。A記憶力、集中力アップ:しっかりかむと脳の血液の流れがよくなって脳が活発に働くようになります。朝ごはん、ランチをしっかりかんで食べれば授業中の集中力、記憶力がよくなります。成績もアップするかもしれませんね。これら以外にも、虫歯や歯周病の予防、表情が豊かになる、顔がひきしまる、あごの骨が強くなる、歯のかみあわせからくる頭痛、肩こり、腰痛の予防などの効果もあります。目安として、ひと口20回以上(30回がベスト!)しっかりかんで20分以上時間をかけて食事をとるように心がけてみましょう。
*8、9、10年生保護者の方へ
日本脳炎(3期)の予防接種は14歳、15歳が対象となっております。個別接種になりますので母子手帳持参のうえかかりつけ医もしくは予防接種実施医療機関にて予防接種を受けていただけますようお願いします。
★図書館にようこそ
青山比呂乃
図書館
*図書館の紹介
編入生の皆さんその保護者の皆さん、千里国際学園図書館にようこそ。図書館は、学校の玄関を入ったすぐ目の前にあります。現在蔵書は日本語約29,500冊、英語約26,000冊、合わせて約5万5千冊強です。ビデオ・CD・CDROMなどのニューメディア資料は、1000点以上、空き時間にはヘッドホンを借りて2階で視聴することができます。新聞は日刊紙が日4タイトル英3タイトル他に週刊紙などが5タイトル、雑誌も日英その他の言語を合わせて130種くらいあります。読書の秋です。皆さん、たくさん使ってください。
また、図書館の2階はマルチメディアフロアとなっていて、ビデオなどの視聴ができるブース10台とマルチメディアコンピュータラボ、コンピュータ科オフィスがあります。英検・TOEFLなどの問題集とCDや、いわゆる赤本などの高校生用進路資料も置いてあり、貸出もしています。個人が静かに勉強できるデスクも4台ほど設置しています。このフロアの開館時間は8時半から4時までです。
図書館は学校の授業のある日はいつも、朝の8時から夕方4時30分までずっと開館していますので、保護者の方も機会がありましたらいつでも訪問してください。保護者の方も登録すれば、本を借りる事もできます。利用規則は生徒と同じで、生徒の利用に支障が出ない範囲に限られます。詳しくはお気軽に図書館までお問い合わせください。
*開館時間延長のこと
図書館の開館時間の延長は、2002年度から夕方6時までの延長を週2回、2003年9月から2004年6月までの一年は毎日試行しました。その結果、この1年はおおむね利用状況が良好で毎日の平均の利用者数が相当数になるため、今後も続行する形で図書館の人員配置も継続しています。毎日開館延長したことで、安定した人数が利用するようになったようです。春学期は少なめの人数になるのですが、今回はそれでも平均20名近く、ピーク時の利用人数は、秋学期には53名に達しています。中高生は全部で500名ほどですから、この日は10人に1人が利用したことになります。
<開館延長利用者数> 人/日
1日あたりの平均人数
2002 2003 2004
春 秋 冬 春 秋 冬 春
6.7 18.4 11.9 7.5 25.9 23.4 19.5
ピーク日の利用人数
2002 2003 2004
春 秋 冬 春 秋 冬 春
10 36 24 15 53 51 49
今後の開館延長の仕方はいままでどおりで、SIS/OISの主として高校生の勉強のために延長するものです。残る人には、英語の貸出デスク横にあるサインアップシートにSIS/OISの別、学年、名前、勉強する予定のこと、来た時刻、帰った時刻を書いてもらいます。4時半までにサインがない場合は中止することもあります。この他に、中学生(6-8年生)は、備え付けの許可証に先生のサインをもらって、持ってこなければなりません。
これは、通常の下校時刻である4時半以降に学園に居残る生徒をきちんと把握して、事故のないようにするためと、どの学年の生徒がどのくらい何のために利用しているかというという利用統計を取るためです。一日平均の利用人数が20人を割る場合、延長中止を検討する可能性もありますので、サインアップに皆さんきちんと協力してください。
*図書館のコンピュータの機能と使い方のお願い
図書館資料検索用のコンピュータOPACは6台ありますが、そのすべてで、日英両方の資料検索とインターネット検索ができます。画面下の最小表示の部分に、この3種類が出ているはずなので、クリックして必要な機能を使いましょう。自分のユーザーネームで立ち上げ直すことはトラブルの元になるので、しないでください。
また、階段下のコンピュータ4台は、自分のユーザーネームで立ち上げて利用し、最後は必ずログアウトかシャットダウンしてください。コンピュータラボのPCと同じように使えます。自分の名前で立ち上げたままにしてほうっておくと、トラブルの可能性もあります。何か不都合が起こらないように、きちんと使いましょう。
また、印刷は自由にできますが、プリントを命令したのに出てこない場合、何度も命令を繰り返す人がいます。そのせいで、後になって、誰もいないのにたくさん同じ物がプリントされて紙の無駄を作っていることがよくあります。プリントをしたい場合は、
1.
うまくプリントできないからといって、何度もプリントの命令をしないで、「うまくいかない」と図書館スタッフに助けを求める。
2.
時間が無くなったからといってほったらかしにせず、必ずスタッフにプリント中か、もういらないのかを断ってから行く。
3.
プリントする時には、命令を出す前に必ずプリンターの名前を確認する。(やり方はスタッフに聞いてください)
ということをお願いします。それぞれがスムーズに必要なものを手に入れられるように、気遣いcareをしましょう。
★環境にやさしいプロジェクト2004春
廣田文野
前生活科学科
今回私たちはHFL(生活科学)の授業の中で環境問題をふせぐためのプロジェクトを実施しました。まず、最初に環境問題のことをグループで調べ、発表しあいました。そうした中で決まったのが「イルカ募金」でした。イルカを保護するのに1頭約4000円かかることがわかりました。そこでそのお金を集めるために募金活動、映画上映、発電ショーをすることになりました。
≪募金グループより≫栗林葵・今川裕紀子
私たち募金の班はBAKE SALEを行い、たこせん、べっこう飴とホットケーキを売り、見事完売しました。ホットケーキ約100個、たこせん50枚とべっこう飴100個作り各自分担して行いました。売る人はその場でたこせんを作りました。苦労した事はホットケーキの形と色具合いを上手く作ることとべっこう飴をこげないようにすることです。材料を買うのに色んなスーパーに行かなくてはならなくなったのには体力が消耗し、とても疲れました。良かった事はお店をオープンしたら最後まで売れ続けて、結果お金が沢山集まった事です。本番前には色んな人が食べ物を作るのに失敗したけれど、売る時にはどれも綺麗に作れたのでとてもよかったと思いました。
≪映画グループより≫和田樹実
私たちは「ファインディング・ニモ」の上映会に取り組みました。インターネットで見つけた英語の台本を自分たちで翻訳し、吹き替えに挑戦しました。映画を上映するにあたって著作権などの問題があり、なかなか前に進みませんでした。吹き替えにも思っていたより相当時間がかかり、毎日放課後遅く残ったりして、みんなでがんばりました。最初は人数も少なく思ったようには作業が進まなかったけれど、だんだん慣れてきたり、多くの人が協力してくれるようになりました。たくさんの人の助けによって自分たちの納得いくものが完成しました。あまり知られていない海の問題は調べていくうちに本当にいろいろなことがわかりました。イルカは私たちにとっては水族館で泳いでいるきれいな生き物という印象だけでしたが、今回のプロジェクトを通して、たくさんのことが学べました。
≪発電グループより≫大澤萌香
私たちのグループは発電を担当しました。まず、どうやって発電するかを調べたり、話し合い、その結果、「自転車発電」に決定しました。自転車が必要だったので、大迫先生に学校で自転車を借りられるかを聞いてみたところ、1台貸してくださいました。そして、いろんな先生や保護者の方の力を借りて自転車に取り付ける部品を集めました。土日も惜しまず集まって、グループ一致団結して発電に取り組みました。次に、電気の利用方法について考え、ゲームボーイ、携帯電話の充電、プレイステーションが候補に上がりました。残念ながら、テレビをつけるところまではいかなかったので、プレイステーションはできませんでしたが、後の2つはみんなで協力して成功させることができました。このプロジェクトに協力してくださったすべてのみなさん、どうもありがとうございました!
★ロボットコンテスト参加
清水航、田宮康裕
中等部3年、理科部
今回、我々は7月24日にMIDシアターで行われたサッカーロボカップジュニア関西合流会に出場しました。千里国際からは、緒方良輔(7−2)、松原正幸(7−2)、田宮康裕(9−1)、清水航(9−3)が理科部代表として参加しました。当日こられなかった、小林鉱石(9−1)もロボットを一緒に作るなど協力してくれました。我々のチームの名前は「す〜ぱ〜トマトkunz」でした。
ロボカップとは、サッカー専用のロボットを条件内で作り、そのロボット2台で試合を行う競技です。試合に参加できるのは各チームのロボット2台、リーダー、副リーダーのみです。ロボットはコントローラーで操縦するのではなく、各チームが作ったオリジナルプログラミングで動かします。後は通常のサッカーと同じく、ボールが相手の陣地のゴールに入ると、自分達のチームに一点加算されます。もちろん、オウンゴールは、相手のポイントになってしまいます。
<試合結果>
一回戦:リーダー田宮康裕、副リーダー清水航…「勝」
二回戦:リーダー清水航、副リーダー田宮康裕…「勝」
準決勝:リーダー田宮康裕、副リーダー清水航…「負」
三位決定戦:リーダー清水航、副リーダー田宮康裕…「負」
航:残念やったな〜。
康裕:ほんまやな〜。でも、来年は大阪で世界大会があるから!がんばってそれに出で、優勝しよう!
航:おおおおおおおおおおおお!それはすごい!ぜったい出て、優勝だ〜!
康裕:このロボカップに興味のある生徒は、田宮康裕、清水航。又、理科部のメンバーに話しかけてください!
航:もちろん、僕のようにサッカーが好きで、ロボットや、理科のことについてはまったく知らないひとでも気軽に話しかけてください!
康裕:待ってるよ〜!
航:がんばんべ〜!
航+康裕:ありがとうございました!
★第12回 English Drama Festival
難波和彦
英語科
去る6月20日本校のシアターで、第12回 English Drama Festival が開催され、SISの English Drama Club が参加しました。出し物は、"Spy For a Day" というコメディでした。事前の宣伝はしなかったのですが、多くの保護者の方々や、生徒の友人が見に来てくれました。ありがとうございました。以下に7年生で初参加をした岡本さやかさんが、そのときに記事を書いてくれたので、載せます。
今年の春、初めて Eng1ish Drama Club に入部しました。最初は pantomime や発声練習など基礎練習ばかりで疲れましたが、それなりに楽しく出来ました。部活に慣れてきた頃、EDF(Enghsh Drama Festival)でやる劇が決定し、劇の練習が始まりました。EDFに向けての練習は苦戦ばかりでした。台詞は難しくてなかなか覚えることができませんでした。台詞の録音をしてあるCDを参考に発音などに注意しながら覚えました。劇の中でも舞台に出て行くタイミングや細かい行動を大げさにやるなど考えてやらないといけない事もあり大変でした。台詞の無いところでは pantomime で他の人に分かってもらえる様に演技することが難しかったです。英語を思い出しながらも演技に集中することにも苦戦しました。そして、EDF当日。本番では緊張して早口になってしまったり始めの声を出すのが難しかったです。そんな中でも皆で準備をしたリ楽屋でのお喋りや小道具など楽しい事もたくさんありました。他校の English演劇部の人との交流も楽しかったです。練習も暗記などたくさん難しいこともあったけど楽しいこともあり、とても楽しく遣り甲斐のある部活動でした。来年もこの部活に入部して今年以上に楽しい部活動にしたいです!
★全日本高校大学書道展優秀作品賞受賞
岡部久代
書道科
第9回全日本高校・大学書道展<学生書道のグランプリ>で12年生の李智陽さんが優秀作品賞受賞(読売新聞社・社団法人日本書芸院主催)
応募総数10803点の中、987点優秀作品賞を授与され、昨年の隷書作品で受賞した12年生の角本知佳さん・卒業生の石田冬子さんに引き続き2年連続になります。松尾芭蕉の俳句・5種類を料紙に細字でちらし書きの仮名作品を限られた状況・環境の中、集中して書き上げ8月17日〜22日、天王寺公園内の大阪市美術館に陳列されました。
★カウンセリングセンターより海外サマープログラム説明会のお知らせ
日時:10月27日(水)、3:45pm〜5:00pm
場所:3階会議室
対象:SIS生徒・保護者
参加申込:カウンセリングセンター小野寺へ電話かEメール、あるいは直接来室してご連絡下さい
「まだ来年の夏の事は考えられない」と思われる方が多数かもしれません。でも人気のあるプログラムは2月か3月には募集締切りになってしまいますので、お早目の情報収集をお勧めしています。どのような選択肢があるのか、費用はどのくらいか、今までSISの生徒がどのようなプログラムに参加したのか、どんな感想を持ったのか・・・などの情報提供・説明を行います。興味のある方は是非ご参加下さい。
カウンセリングセンターサマープログラム担当 小野寺文江(直通番号:072-727-5061/
Eメール: fonodera@senri.ed.jp)
★「ちびっこジュニアトライアスロン教室」参加者募集! (参加費無料)
馬場博史
トライアスロンクラブ顧問、数学科
JTU(日本トライアスロン連合)主催の「ちびっこ・ジュニアトライアスロン教室」が本学園で11月7日(日)9:00-12:15に開催されます。この教室は全国各地で開催されており、トライアスロン競技の基礎となるスイム・バイク・ランの練習方法を日本代表ナショナルチームコーチ・選手が楽しくわかりやすく紹介するというものです。参加費は無料。参加賞に記念Tシャツがもらえます。対象は小学生・中学生。今回はアテネオリンピック出場選手をゲストに予定しています。参加を希望する人はこちらからご応募ください。大阪府トライアスロン協会 http://www.osaka-triathlon.com/
★2005年度土曜学校説明会
募集対象学年:小学校新1年生〜6年生
日程:11月3日(祝)
時間(予定)
午前の部:午前10時〜午後12時
午後の部:午後2時〜午後4時
*
参加申し込みを希望される方は申し込み手続きが必要となりますので、事前に土曜学校事務局
Tel (072)727-5060 までお問い合わせ下さい。
★SABERS SPORTS
John Searle
Prev. Athletic Director
Last year when we hosted the APAC International Schools Tennis Tournament it was apparent that some SIS families had many questions about the sports system we run at school. It is quite different from a typical Japanese school and therefore the purpose of this short series of articles is to explain the fundamental ideas about our school's sports. If you have any further questions we would of course be happy to hear from you.
* Maybe the most important difference is that we run a season system instead of a year round club system. There are four seasons in our school year. From September to mid October we have our Fall season. This season concentrates on Tennis and Volleyball for girls and boys. Next Fall we will also have Boys High School Baseball before it changes to become a Spring sport.
The Winter season goes from mid October to mid January and we offer Boys and girls Basketball at this time and MS Girls soccer. The Spring season is divided into two: Spring I which is the soccer season and goes from mid January until the Spring break and Spring II from the April holiday until the end of May and includes Badminton, Table Tennis, Softball and MS Boys Volleyball.
The main reason for having season sports is to allow students to try different activities throughout the year. A student may therefore be able to be in the school Musical in the Fall, play basketball in the Winter and Soccer in the Spring.
* Sports teams do not practice every night nor do they practice throughout the holidays. High school teams practice on Monday, Wednesday and Friday nights, and Middle School teams practice on Tuesday and Thursday. The practices start at 3.45 and end at 5.45. Again this allows students the time to keep up with their studies and also to be involved in other things throughout the season. We have had students who have been on Student Council and been on the Varsity soccer team for example.
* Each High School team season will usually finish with a tournament against other international schools. Our school belongs to the Asia Pacific Activities Conference (APAC) which includes: Brent International School Manila, Seoul Foreign School, Shanghai American School, International school of Beijing and Canadian Academy in Kobe. The High School teams of Volleyball, Basketball, Soccer and Tennis play in the APAC tournaments each season. We will host the 2005 Girls' Soccer tournament next school year. We may travel also to various parts of Japan to play the international schools there. We often play Japanese schools in practice games but are not at moment in any Japanese school tournaments.
★Go Sabers !!
Simon Parker
New Athletic Director
Welcome back - I hope you all had a great holiday ! We are entering a very busy time on the sports front and we would like to see as many of you as possible get involved in the extra curricular athletic programme.
High School:
We are very proud this trimester to be hosting the APAC Invitational Baseball
Tournament in October. This has been made possible with the co-operation of
Minoh City Council who have agreed to lend us a ground for the 3 day event -
many thanks to them and to Osako sensei for his work on the negotiations. As
well as Baseball with Sagara sensei we will also be sending teams to Shanghai
for the Boys and Girls Volleyball tournament and to Beijing for the Tennis. As
many of you know volleyball practice has already started in mid-August and it
was great to see so many of you in the gym working hard. The girls team is again
being coached by Hirai sensei and Mori sensei and the boys by myself and Mr.
Driskill. The tennis team this year is being coached by Nakao sensei and Mr
Entwistle. So if you have not yet signed up but want to play, then see one of
those teachers as soon as possible. Remember practice for Varsity and Junior
Varsity is Monday, Wednesday and Friday from 3:45pm-5:45pm. As well as APAC of
course, we will be running the usual full fixtures programme for all activities
on the weekends with local Japanese schools and international schools.
Middle School:
This trimester sees a choice of 3 activities for MS students: Baseball with Mr
Spurgeon Tennis with Mr Avery Girls Volleyball with Ms. Holloway Remember that
practices run from 3:45pm-5:45pm on Tuesdays and Thursdays and games and
tournaments will be on Saturdays. Sign ups and first practices are yet to be
decided so listen carefully in assembly or morning homeroom for information. I
would just like to take this opportunity early on, to thank the coaches for all
the time they are investing to make sure that our students get a first class
sports programme here at OIS/SIS. As the weeks go by I will keep you all posted
with results and important dates. Lets hope for another successful year for
Saber Sports - Go Sabers !!
★夏も大活躍
馬場博史
ランニングクラブ・トライアスロンクラブ顧問、数学科
■吹田市長杯トライアスロン大会で4部門優勝
9月5日(日)千里北公園で、小学生Swim125m+Run1.4km、中学生Swim500m+Bike10km+Run2.8km、高校生以上Swim1000m+Bike20km+Run5.6kmの距離で行われ、本学園から25名が参加。うち10名が入賞しました。
<入賞者>小学女子2位Chisato Hayashi (OIS7)中学男子1位Deniz
Sipal(OIS10)、2位花光照宗(SIS9)、3位古岡祐輝(SIS9)、中学女子3位松原由佳(SIS9)、一般男子1位永田悠太(SIS10)、2位佐藤直仁(コーチ)、一般女子1位平井太佳子(教員)、2位安藤ゆかり(SIS卒)、壮年男子1位馬場博史(教員)。
<他の参加者>Kento Saito-Baba(OIS6)、中尾千里、為岡稚子、高橋直人、柯競雄、西本峻(SIS7)、半田将一、春名暢、小澤悠(SIS8)、小林鉱石、清水航、クック聖也(SIS9)、Raymond
Terhune(OIS9)、真砂健土(SIS10)、Peter Heimer(教員)
■第1回KIDSトライアスロン浜寺公園大会で3位入賞
8月29日(日)堺市の浜寺公園で開催され、中等部3年の花光照宗君がジュニアの部(Swim200m,
Bike9km, Run3km)に出場し、水泳で9位と出遅れたものの、バイクとランで次々と他の選手を追い抜き、総合タイム38'08"で男子の部3位に入賞しました。ボランティアスタッフ神澤麻友(SIS10),
長みさき(SIS卒)
■ロングディスタンススイミングシリーズ大阪大会で参加者全員入賞
8月21日(土)門真市のなみはやドームで開催され、本学園から水泳の得意な6名が参加し、全員が良い記録で入賞しました。400m男子10才代1位シパル・デニス(OIS9)
04'57"、2位半田将一(SIS8) 06'17"、400m女子10才代1位リッチフィールド・ソフィア(SIS8)
07'12"、2位小島聖子(SIS12) 07'32"、800m女子10才代1位長みさき(SIS卒)14'36"、1500m女子10才代1位村井仁美(SIS12)
24'43"、ボランティアスタッフ神澤麻友(SIS10)
■第6回全日本ジュニアトライアスロン選手権長良川大会で全国10位
全国の強豪が最も集まるこの大会が8月1日(日)岐阜県海津町で開催され、大阪府トライアスロン協会の推薦を受けて参加した、SIS高等部1年の永田悠太君(16才)が、ジュニアB(高1から19才まで)の部で総合10位に入賞しました。<記録>:水泳750mを11:03で区間7位,
自転車20kmを34:58で区間15位, 自転車終了時は46:01で15位, ラン5km19:05で区間7位,
合計1:05:06 総合10位でゴール。ちなみに1位は19才の日体大生で記録差04:50、16才の中では3位でした。各記録にはトランジッションタイム(種目を移る時間)が含まれています。
■大阪府中学校陸上競技選手権1500mで学園新記録4'21"
7月27日(火)28日(水)に大阪市の長居第2陸上競技場で開催され、地区大会を勝ち抜いたSIS中等部3年の花光照宗君が、1500m予選で4'30"、さらに決勝で4'21"と立て続けに学園記録を更新し、大阪府で9位に入賞ました。
■大阪舞洲スポーツアイランドトライアスロン兼大阪府選手権大会で総合2位入賞
6月13日(日)大阪市舞洲スポーツアイランドで開催され、最年少で出場した高等部1年の永田悠太君がスプリント種目(Swim750m,
Bike20km, Run5km)を1時間10分でフィニッシュし、総合・年代別・大阪府選手権で2位に入賞するという快挙を成し遂げました。(ちなみに優勝者は2004年U-23日本代表選手でアジア選手権・世界選手権に出場した大学生)
<ボランティアスタッフ参加者>佐野貴(SIS7)、花光照宗、吉積彩(SIS9)、真砂健土、溝口智顕、神澤麻友(SIS10)、長みさき(SIS卒)
■豊能地区中学校陸上競技大会で1500m学園記録更新(当時)
6月5日(土)服部緑地陸上競技場で開催され、中等部3年の花光照宗君が、1500m走の予選で4'34"、決勝で4'32"と続けて学園記録を更新(当時)し、2位に入賞しました。<他の出場者>古岡祐貴、清水航(SIS9)、小澤悠(SIS8)、佐野貴、中尾千里(SIS7)。
■箕面6時間リレーマラソンではみんなで245kmを走破
同じ6月5日、箕面第2総合運動場で開催され、学園から4チーム50名が参加、10時から16時まで合計245kmを走りました。
★異動のお知らせ
<退任>
勝瑞礼美 (国語)
<新任>
廣田文野 (カウンセラー) 泉田真由美
(生活科学)
廣田文野
カウンセラー
この度、新しくカウンセラーになりました廣田文野と申します。この学校の大半の人にとってはまったく新鮮味のない名前でしたね。そうです。私はこの春までSISで生活科学科の教員をしていました。「廣田先生といえば・・・だよね。」「そうそう、僕は・・・!」「え!私は・・・!」具体的なコメントは各自にお任せしましょう。
さて、私の部屋は3階会議室と栗原先生のお部屋の間にあります。 ドアをあけると少し入り組んだ廊下があり、その突き当りが新しいカウンセリングルームです。「狭い!」「洞穴!」「迷路みたい!」などなど、いくつかの感想をいただいておりますが、窓から降り注ぐ陽射し、3階から見渡す景色、真新しい匂いに少しずつ愛着がわき、今ではこの「巣」をすっかり気に入っています。
なにより、この部屋に入るまでの構造はカウンセリングそのものを象徴しているように思えます。カウンセリングの部屋にたどり着くためには迷路のような廊下を抜けなければなりません。毎日の生活でみなさんがつらいことやしんどいことを抱え、解決の糸口を求めてこの部屋へやってくる、そんな様子を思い浮かべています。
では、この部屋に来れば悩みはたちまち解決するか・・・いいえ、そんなことはありません。イメージとしてはもつれた糸をほどくお手伝いをする感じです。高名な心理療法家の中には「悩めるようにサポートするのがカウンセラーの仕事」と言っている人もいます。
別の心理学者はこうも言っています。「予約を取った(もしくは取ろうと思った)段階で解決は始まっている。」あなた自らの働きかけが問題や悩みに新しい展開を与える、そういうことを意味しているのでしょう。この部屋をお母さんの子宮に喩えた人もいます。出て行くとき、もう一度通る廊下はさしずめ産道と言えるでしょうか。やっぱり入り組んではいるんだけれど、きっと初めて来たときよりは抜けやすくなっているはずです。「再生」への第一歩かもしれません。こんな連想をしながら、今は「巣」の中で、私自身の再生に向けて勉強の日々です。
泉田真由美
生活科学科
はじめまして。生活科学科で(秋学期においては8年生の衣生活、9年生の環境、11、12年生の社会的自立の分野の)授業を担当することとなりました泉田真由美です。
西宮市の出身で、現在は宝塚市に住んでいます。近くにあったということもあって、小学生の頃から宝塚歌劇が大変好きで、当時から観劇や楽屋待ちによく通っていました。今でも、その頃ファンだった宝塚スターの方がテレビに出演なさっていたりすると、他のモノは目に入らなくなるほどです。最近は5歳と2歳の娘たちの子育てに追われ、観劇する機会がなかなか持てないので、ちょっぴり残念です。その趣味が高じて、大学生の時、入ったサークルがミュージカルサークルでした。そこでは、宝塚歌劇やミュージカルが好きな女子学生ばかりが集まっていて、皆スタッフとキャストを兼ねていました。私は、衣装(当時通っていた大学で、ファッションデザインコースを専攻していたので)と男役(サークルの中では、背が高い方だったので)を担当していました。メンバーは、色々な大学から集まっていて考え方も解釈も色々でしたが、それぞれ得意分野があり、教え合ったり、ディスカッションを重ねたことも今では楽しい思い出となっています。それとともに、環境や生活のまったく違う仲間との交流は、目から鱗のこともありましたが、良い経験になっています。卒業後も住む場所・職業等、皆違っていますが、交流は続いています。
小さい頃から絵やもの作りが好きで、芸大に進もうかと思ったこともあったのですが、実は、もうひとつ、小学校からバスケットボールが好きで、中・高ともバスケットボールクラブに入っていました。本校とはシステムが違い、年間を通して同じクラブでの活動でした。両親が体育の教師ということもあり、スポーツ全般が好きで、バスケットボールだけでなく、野球・ラグビー・サッカー等テレビ観戦にも熱を入れています。
趣味を言うと、さぞかし積極的にコミュニケーションが取れると思われるのですが、それが見かけと違い、内弁慶(家ではよく話し、活発ですが外では慣れるまで内気)です。そのため、母からは笑顔を忘れないようにと言われ、心掛けるようにしています。
この学校の印象は、自発的に自分の意見を発表し、他の人の話には素直に反応するということが自然であり、とっても積極的で、学習意欲にあふれているということです。この学校で教師ができて、うれしいです。みんなに負けないように、私もはりきって毎日を過ごしたいと思っています。どうかよろしくお願いいたします。
Scott Spurgeon
P.E. & Math.
During my childhood I lived in several small communities in Saskatchewan, Canada. After completing my Bachelor of Education degree at the University of Regina, I quickly decided to escape the cold -30 degree winters. I came to Japan for the first time in September of 1993. After three and a half years in Japan (two of them at an international school), I returned to Canada with my wife, Yoshimi. We lived in Vancouver for 5 years, during that time I taught in both an international and a private school. My personal athletic background is in ice hockey, track & field, personal training and badminton. I have coached and enjoy all forms of recreational activities, including: basketball, soccer, softball, swimming, camping/hiking, etc. I look forward to meeting you all, hopefully on the field or in the gym for a fun competitive match.
Ralf Ibald
German
Hello everybody! My name is Ralf Ibald and I`m from a lovely little city in Western-Germany called Trier close to the border with Luxemburg. Because I wanted to try something new I hadn`t done before I just "jumped in to the cold water" as we say in Germany and came to Japan about 4 years ago. And guess what! I am still here! So I guess I like it.
Now this year I was given the chance to work at Senri International School: so 皆さんどうぞ宜しくお願いします. So if you see a bald guy with glases runnig down the school corridors with tons of books and a big radio cassette player under his arms it might be me and we might have the chance for a little chat! See you there.
★2004年度オールスクールプロダクション"Joseph and the Amazing Technicolor Dreamcoat"
大迫奈佳江
プロデューサー、日本語科・音楽科
今年度のオールスクールプロダクションは、ティム・ライス作詞、アンドリュー・ロイド=ウェバー作曲の『ヨセフ・アンド・ザ・アメージング・テクニカラー・ドリームコート』(ヨセフと裾の長い晴れ着)です。このミュージカルは、ロイド=ウェバーが作詞家のティム・ライスと初めて組んで作ったミュージカルで、初めはロンドンのある学校の学期末コンサートのために作られました。1968年3月の初公演時間は、たったの15分だったそうです。その後、人気とともに曲が追加され、1973年最終的に1時間ほどの長さのミュージカルになりました。90年代になってさらに延びましたが、基本の曲は変わっていません。
このミュージカルは、旧約聖書の有名な話、創世記37章〜50章までの「ヨセフ物語」の46章までをミュージカル化したものです。英語圏の学校では、非常にポピュラーなミュージカルです。この『ヨセフ』に続いて、同じ作詞家・作曲家による『ジーザス・クライスト・スーパースター』も大ヒットしました。こちらは日本でもよく知られていますが、『ヨセフ』にはたくさんの覚えやすくて歌いやすい歌、カントリー調、カリプソ調、プレスリー調などいろいろなジャンルにわたる音楽が入っていますので、初めてご覧になる方にもきっと楽しんでいただけると思います。
<ストーリー>
異母兄弟たち12人の中で、愛妻ラケルの年寄り子として生まれたヨセフは、老父ヤコブに溺愛され、彼だけ裾の長い晴れ着を作ってもらうくらいに甘やかされます。ヨセフは夢を見ます。兄たちがヨセフの前にひれ伏すような夢を見たというものですから、ヨセフは兄弟から憎まれて、荒れ野で殺されそうになります。が、通りかかった隊商に売られてエジプトに連れて行かれ、ファラオの役人で、侍従長のポティファルに買い取られます。ヨセフは顔も美しく、体つきも優れていたので可愛がられ、ポティファルの妻に誘惑されますが、断ります。そのため、逆にポティファルの妻から恨まれて、牢につながれます。
しかし、主が共におられたので、主がうまく計らわれ、かえって、王ファラオを悩ました夢の難問-――豊作のあと飢饉がくるという――を解いて、ファラオの信頼をうる機会に恵まれ、牢から出してもらえます。 そして、王ファラオの宰相にまで出世し、飢饉の対策で大いに手腕を発揮し、ますますファラオの信任を得ます。この飢饉は、カナンの地にも及び、ヤコブの命により、兄弟達は食料の買い付けに、エジプトにきます。身分を隠して、兄弟を引見した宰相ヨセフは、愛する同腹の弟ベニヤミンをエジプトに引き止めて共に暮らすよう画策しますが、兄弟ユダの誠意ある嘆願により、平静を装っていることができなくなり、自分がヨセフであることを告げ、過去を明かします。そして、ここに和解が成立して、やがて父ヤコブもエジプトに避難してきます。
<公演日>
12月2日(木)午後5時〜6時半オープニング
12月3日(金)午後6時〜7時半
12月4日(土)午後2時〜3時半マチネー12月4日(土)午後6時〜7時半最終公演
<チケット発売予定日>11月9日(火)
9月6日にオーディションがあり、8日には配役が決まりました。そして10日から練習が始まりました。今年は演出をAsha Honisettさん(土曜学校・JFKの先生で、Mannerheim先生の次女)が、ボランティアで手伝ってくださいます。キャスト、オケ、スタッフ等、またスケジュール等、詳しい情報が、学校のホームページに載っていますので、是非ご覧ください。
お願い
: プロダクションでは、毎年かなりの量の布地が必要になります。これまでも今まで寄付していただいた布地を使ってまいりましたが、近年は布を買わなくてはならない状況です。もし、ご家庭やお知り合いに寄付していただける生地がありましたら、どうぞお知らせください。特に白地または薄い色の生地、あるいは黒などは非常に重宝します。よろしくお願いいたします。★学校説明会のご案内
第5回
10月23日(土) 14:30- オープンキャンパス形式(体験授業)
第6回 11月13日(土) 10:00- 「最終全体説明会」と個別相談
入学センター(アドミッションズオフィス)
★編集後記
今号も種々の報告が目白押しです。特に生徒の貴重な体験談は参考になる人も多いはず。例年、夏休み直後は記事が多いので編集者は嬉しい!?悲鳴をあげています。これまで原稿には特に字数制限を設けなかったのですが、今回はそれぞれ1ページに収まるようにお願いしました。それでもさらに大きな悲鳴をあげて悪戦苦闘。結局40ページの大作となりました。隅々までお読みくださると嬉しいです。書きたいことがまだまだ一杯あったのにやむなく字数を削っていただいた方々、ご協力ありがとうございました。(馬場博史)
夏休み明けは、それぞれの夏を過ごして、生徒の顔つきがぐっと変わってくる時期。そんな、ひとまわり大きくなった生徒達を見、今号のたくさんの生徒の体験談を読ませてもらいながら、自分は?と考えてしまいました。特別なことはできないけど、1日1日、真剣にいろいろなことに向き合って、成長してゆけたらと改めて思いました。(志垣満理)
Senri International School Foundation, All Rights Reserved. Modified 2004/10/06